婚約破棄されたらエリート御曹司の義弟に娶られました。
* * *
連れられたバーは本当に雰囲気の良いところだった。
仄暗い照明とジャズの音楽がムーディーな雰囲気を演出し、口髭のダンディーなマスターが笑顔で出迎えてくれることで、入りやすい和やかさも作り出している。
「いらっしゃいませ。お連れ様もご一緒とは珍しいですね」
「高校時代の友人で今はライバルなんです」
「おや、それは素敵ですね」
マスターはニコニコしながらお水を二人分用意してくれた。
「僕はいつもので」
「私は……」
「よろしければ、今のご気分に合わせてカクテルをお作り致しますよ」
「そんなことができるんですか?」
「ええ、お任せください」
老齢のマスターはとても上品で、年を重ねた独特の包容力を持っている。
その穏やかな優しさに緊張が少しほぐれた。
「では、元気が出るようなカクテルをいただけますか」
「かしこまりました」
マスターは口元のしわを一層深めた。
「それで、何があったって聞いてもいいのかな」
「……今、彼は福岡に出張中で日曜まで帰られないって言われてたの」
「そうなんだ」
「でも、さっき福岡にいるはずの彼を見かけて」
「えっ」
「しかも知らない女性と一緒で……」