初めての愛をやり直そう
 しばらくしてテーブルにアイスコーヒーが置かれた。その間、拓斗はじっと彼女を見つめていた。

「ありがとう」

 しばしの沈黙。その間、拓斗は目を離さなかった。困惑した彼女が、俯き加減のまま視線だけ拓斗に向け、また逸らせた。

「……本当に、アイスコーヒーが好きなのね」

 茜がぽつりと呟くように言った。

「元気だった?」
「うん」
「いつまで仕事? 今日は話があって来たんだ。終わるまで待っているから少し時間をもらえない?」

 明らかな動揺が茜の瞳に浮かんでいる。それでも微笑むと、「六時までだから」と告げた。

「じゃあ、ここで待つよ」

 茜は頷いて身を翻した。

(茜だった。だけど……)

 働いている茜を眺める。

(痩せたよな?)

 何度も見かけたのに確信を持てなかった理由はこれだったのだと思った。

 あの時もけっして太ってはいなかった。むしろ細身に入る体型だったように記憶している。今、店内で動き回っている茜は以前よりも痩せていて、さらにやつれているようにも見える。

 メイド衣装で店内を歩き回っていた十年前とはまったく違った。

 純粋な少女の笑顔は、疲れを感じさせる大人の微笑みに変わり、胸元から膝まであるロングタイプのふりふりエプロンは腰から下だけの一般的なそれになっていた。拓斗は十年の重みを感じた。

 小さく吐息をつくと、鞄から資料を取り出し、視線を落とした。

 明後日、抱えている案件の一つが一回目の裁判を迎える。内容の詳細を頭に入れようと集中した。

「島津君、終わったよ。……島津君」

 肩を触れられてハッと息をのむ。顔を上げると着替えた茜が立っていた。

「あ、うん」

 状況を把握した瞬間、なんとも言えない苦いものが込み上げてきた。

 ――島津君。

 たった一言がズンと重く響く。これも十年の重みか。

 拓斗は急いで片づけ、精算書を手に立ち上がった。

「外で待ってて」
「うん」

 レジに立ったウエイトレスと目で挨拶を交わして茜は店から出ていった。

 拓斗が内ポケットから財布を取り出すと、ウエイトレスが金額を口にした。なにか言いたげなまなざしだ。拓斗はうっすら微笑んだ。

「高校の時のクラスメートなんです。懐かしくて、つい声をかけちゃって」

「藤本さんから聞きました。いってらっしゃい」

 ウエイトレスに笑顔で見送られ、拓斗は軽く会釈をして出入り口に向かった。

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