初めての愛をやり直そう
 その頃、とっくに帰ってきていた拓斗は、着替えもせずにベッドで寝転がってぼんやりと天井を見つめていた。

 痩せていたこと、あまりいい顔色ではなかったこと、なにより表情が冴えないことが気になった。

 いや、一番気になるのは茜が結婚していたことだ。

 十年の重みを改めて感じた。

(俺が、切り捨てたようなもんだ。連絡しなかったから。茜は俺が弁護士を目指して頑張っていることを理解して、配慮してくれていた。だから自分から行動に出ることはせずに、俺からの連絡をじっと待っていた。なにもしなかった俺が悪い。だけど……)

 ならば、輝いた笑顔で「幸せなの」と言ってほしい。

 離婚を考えているなんて言われたらますます気になる。

 どうせ――そう言って泣いた姿は痛々しかった。

 どうせ帰りは遅いから、
 どうせ家では食べないから、

 きっとそんな言葉が続くのだろう。

 心臓がキュッと掴まれたような錯覚が起こる。

(茜)

 茜がどんな状況で、どんな生活であっても、拓斗が口を挟むことはできない。

 明らかなDVでもない限り。あるいは、正式に相談されない限り。

 とは思いながらも、元クラスメートとして助言することは許されるのではないか、友達として会って話をすることになんの咎めもやましさもないはずだ。

(しばらく通うか)

 そう思い、自嘲する。そしてゆっくりとかぶりを振る。

(忙しくって茜がバイト中に行ける余裕がない。無理だな、それは)

 会議、打合せ、面談、調査、裁判……スケジュール帳にはギッシリと予定が書き込まれている。

 昼を抜くことなど日常茶飯事、喫茶店に通ってコーヒーを飲む時間などどう頑張っても絞りだせない。

 なにより問題は、茜の勤務時間だ。何曜日の何時に出勤するのか、それがわからないことにはどうにもできない。

 はぁとため息がもれた。

 その時、スマートフォンがバイブ音と共に震えていることに気がついた。

 表示されている文字は職場の番号だ。

「もしもし」
『先生、戸田《とだ》です』

 拓斗付のパラリーガルだ。弁護士一人に専属事務スタッフが一人ついている。事務スタッフは五時までで基本残業はしないが、パラリーガルは違う。円滑に業務が進むように動いてくれている。

 戸田は法科大学院には行かず、働きながら司法試験合格を目指していた。

 母子家庭で生活が苦しく、大学も奨学金制度を利用していたため、とてもじゃないが法科大学院に通う余裕などなかった。

 優秀で真面目で一生懸命、拓斗も彼女が早く受かるよう限られた時間内ではあるが、惜しみなく協力していた。


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