俺と幼馴染は終活中

卒業は別れの季節

「卒業おめでとう、杏奈」
「そちらこそ卒業おめでとう、司」
俺、藤堂司と一条杏奈は桜の咲く学校の校門前で記念撮影をしていた。
杏奈は俺の幼馴染で、小学生の頃から一緒の学校に通っているのだが、容姿も整っていて、成績も非常にいい。だから学校では結構モテたほうだ。
そんな美少女の横にいる俺は特に優れたことがあるわけでもなく、いわゆる陰キャと呼ばれる男だ。

「杏奈はこれから東京の有名大学に通うんだもんな。こんな田舎とは大違いだよ」
「司は、就職活動頑張ってね!18歳から社会で働くなんて凄いよ!」
杏奈はそう言ってくれるが、実際の所、俺は就職活動に不安を抱いていた。中学を卒業した段階で、両親が離婚した。理由は母が脳の病気を患っているため、多額の医療費がかかるからだそう。家が母子家庭だからか、お金がかかることは余り経験できない高校生活を送っていて、母親も「大学に行かせてやるからね」と言っていたものの、経済的余裕が家にあるとは思えない。しかも、父が送ってくるお金だけでは、母の病気の手術費は賄えない。だから俺は、高卒で働きに出ることにした。

一方、杏奈は推薦で東京の国立大学に通うことが決定した。俺も杏奈と同じ学校に通いたかったが、特別頭が良いわけでもないため、一般入試を受けたものの、落ちた。杏奈も俺のことを気遣って、「司と一緒に就活してもいいよ」と言ってくれたが、それは杏奈の人生を壊すものになりかねないので、俺は断った。俺は杏奈に対して、好意を抱いているのは間違いないが、俺と杏奈は付き合っているわけでもないし、結婚しているわけでもない。俺に決める権利は一切ないのだ。

「もう、杏奈とはお別れか〜」
「そんなこと無いよ!実家に戻ってきたときには、司の家に遊びに行くから!」
そんな会話をしていると、
「杏奈〜!一緒に写真を撮ろう!」
と向こうにいた女子グループから声がかかったらしい。
俺は、「それじゃあ」と告げると、「うん。またね」
と言って、杏奈は行ってしまった。


はぁ。
俺も男だ。勇気を持って杏奈に告白すれば、もしかしたら、遠距離恋愛という方法で付き合えたかも知れない。でも、頭のいい大学に通う杏奈の人生を陰ながら見守ったり、杏奈の気持ちを尊重してあげるのが、俺の役割だということは十分わかっている。きっと、東京で俺よりも頭がよくて、金持ちでハンサムな男と出逢うだろう。
「杏奈にとってはそれが幸せだよ」
自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

「司!一緒に写真撮ろーぜ!」
学校の校舎から走ってきたのは加藤琉唯、中学からの親友だ。
「おい、静かにしろよ。恥ずかしいじゃないか」
大きな声を出しながら走ってきたので、大衆の注目を浴びているのはよく分かる。
「卒業でテンションがあがってるんだよ」
「お前とは、卒業した後も同じだろ」
琉唯も俺と同じように高卒で働き出す。
琉唯の家は決してお金が無いというわけではない。だが、「俺の力を社会で試してみたい!」と言い、高卒で働くことを決意した。琉唯の家は建築業に携わっている企業なのだが、親から「俺の所で働くには他のとこで下積みをしてこい」と言われたらしく、建築業の仕事をしようと考えているらしい。年をとるに連れて働けなくなるらしく、肉体労働は若いうちにしておこうと考えたので、俺も建築業で働きたいと思っている。何より、給料が他の仕事よりも高いからだ。

「司、お前の母ちゃんは何処にいるんだ?」
「今日は卒業式が終わった後に、すぐ帰ったよ。病状があまり良くないんだって」
「そうか、お前も苦労してるな」
俺の母さんは脳の病気を患っているため、いつ病状が悪化するかわからない。
朝から「頭がズキズキと痛い」と言っていて、母が卒業式に出席することを勧めなかったが、無理やり出席したのだ。
母の病気は年々悪化していて、そろそろ手術をしなければいけないと医師に告げられた。
この病気は遺伝する可能性が高いらしく、俺もいつ発症するかわからないが、働ける時に働いておこうと思ったのだ。

「ところで琉唯、建築業の仕事って県内に15箇所くらいだったよな」
「ああ。さっき見たんだけど、今年募集しているのは10箇所だ。とりあえず全部受けてみるか!」
琉唯の親は県内でも名のしれた大工で、建築業には建築家なども含まれるが、建築家になるためには、大学に通う必要が出てくるので、就職は無理なのだ。
琉唯は野球部に所属していたので、筋肉がついた、たくましい体だが、俺はと言うと、帰宅部で毎日母の代わりに家事などをしていたのだが、ひょろひょろで今にも倒れそうな感じだ。琉唯は俺と一緒に働きたいと言っているが、俺を採用してくれる会社があるかどうかすら危うい。

「まあ明日から就活開始だ!気合入れて頑張ってくぞ!」
「そうだな、明日は家の前に集合な」
そう言って、俺は学校から病院に向かって歩き出した。

俺は小学生からの幼馴染、杏奈について考えていた。
杏奈は元々、俺の家の隣に住んでいたというだけの関係で一緒に学校に通っていた。
小学生の頃は、杏奈のことを友達としか思っていなかった。中学生になり、スカートをはいた杏奈を見たときから、一人の女子として認識するようになった。
だが、俺と杏奈は住む次元が違う。どんどんと心も体も成長していく杏奈の横にいれなくなるのも時間の問題だと思っていた。お金があるわけでもなく、常にネガティブに考え続けてしまう俺はいつ見捨てられるかビクビクしながら、一緒に通っていた。
そんな俺のことを最後まで見捨てなかった杏奈には感謝してもしきれない。
俺がここまで生きてこれたのは、杏奈のお陰だと言っても過言ではないし、苦しいときも
傍にいてくれたのは杏奈だった。
そんな杏奈と同じ道を歩むために高校受験だって勉強と母の世話を両立しながら頑張ってきた。
これからは俺と別の道を歩む杏奈は、俺の見たこともない景色を見て、過ごしていく。
俺は杏奈の所詮、幼馴染。この片思いが実ることは一生無いし、杏奈に迷惑はかけたくない。

そんなことを考えながら歩いていると、気づいたら病院に着いていた。

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