地味婚
 私と虎太郎がやって来たのを庭掃除に出た母が気づいて、「駅に着いたら電話してって言ったじゃないのーもー」と言いながら、家に引っ込んでいく。

 リビングに上がると、父は上座にどっしりと腰をおろしていたし、母は人数分のお茶とたっぷりお茶菓子の盛られた菓子鉢をトレイに乗せてやって来る。

『電話して』とか言いながらもう用意周到じゃないの。

 そんなことを考えていると、虎太郎が慌てたように手土産を紙袋から取り出して「越谷(こしがや)虎太郎です。お口に合うかどうかわかりませんが……」と、とんちんかんなことを言っている。
 そこまで言ってから「失礼しました……。これお土産です」と言い直していた。

 父は表情一つ変えずぶすっとしているけれど、背後にいる母が笑いをこらえているのだけはわかった。

「緊張してるのよ。いつもはもっと頼れる人だから」

 私はそうフォローを入れるものの、父は「そうか」と答えるだけ。

 父は頑固だし寡黙だけど、ここまで機嫌が悪いというか、無愛想なのも初めてだ。
 そもそも娘の恋人が結婚の挨拶に来た日に、見るからに機嫌悪そうにする、という空気の読めない人ではないはず。

 私はそこでふと、五年前に父が唐突に放った言葉を思い出す。

 いやいや、まさか。
 あれは、一人娘が上京して家を出るのが寂しくて、その寂しさを隠すために言った冗談。

 少なくとも私はそう思っている。

 変なことを思い出してしまい、おまけにリビングの空気も心なしか重い気がして私は口を開く。

「なんでまた塀を高くし――」

「お嬢さんを僕にください!」

 隣を見ると、虎太郎が父に頭を下げているところだった。

 やっば、かぶっちゃった。
 しかも大事な台詞で!

 私が『もう一回言い直す?』と虎太郎に提案しようかどうか迷っていると。

 父は、こう言い放った。

「娘はやらん!」

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