婚約破棄された崖っぷち令嬢ですが、王太子殿下から想定外に溺愛されています

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 その昔、この世界は魔王の脅威にさらされていた。恐ろしき闇の魔法を使う魔王は、魔物を使役し人々を襲うだけに飽き足らず、人を惑わし、諍いを起こし、世界を闇に陥れ全て牛耳ろうとした。
 闇が深く濃くなるにつれ、魔王の存在を危惧した聖霊王より命を受け立ち上がった勇者は剣を取り、聖女は祈りを捧げる。
 そして二人は聖霊王より遣わされた聖霊獣と共に、魔王へと挑む旅に出た。聖霊獣はその姿を自在に変えながら、彼らの危機に力を貸した。
 幾重にも重なる危険な旅を経てもなお、くじけぬ勇者と聖女はついに見事魔王を打ち倒す。
 その後勇者と聖女は魔王に打ちのめされ蹂躙された人や土地を癒やし、育て、そして幸せにすることに半生を捧げたのだ。

 それがクリスフェロン王国の始まりであり、初代国王と王妃となった勇者と聖女の偉業だ。

『――聖霊王の命を受けた勇者と聖女が聖霊獣の力を借りて魔王を打ち倒した』

 王国の歴史に刻まれるその一文と共に、魔王に恐れおののいていた国々も彼らを称え、大いに敬うようになる。
 時を経て国王夫妻が亡くなると、聖女の奇跡を称えるため、六年ごとに素質のある者のなかから聖女を選び、聖霊王へと祈りを捧げるように定めた。

 人々を『癒やし、育て、幸せにする』――それが聖女の役目となった。

 翌朝、アルテミラは目覚めるなり寝間着のままベッドの上で、『王国の歴史』と書かれた本を繙(ひもと)いた。パーティー会場から帰宅して父親であるフーデンタル伯爵の書斎から持ち出した本だ。
 クリスフェロン王国の子どもならば小さな頃から何度も聞かされる、勇者と聖女の物語。
 その聖女を選ぶための祭礼の儀式が『聖女祭』なのだ。
 しかしそうはいっても、初代王妃のように今の聖女たちが聖霊獣の力を借りられるということはなく、今では教会での祭礼を手伝うだけの、ほとんど名誉職になっている。人々のために祈る聖女という存在は、それだけで尊敬の念を持って接せられている。
 そして聖女は当然のこと、聖女候補に選ばれただけでも多くの賞賛を得られ優遇されるのだ。
 だからこそトマスは聖女候補を婚約者に望み、アルテミラを切り捨てた。
 それをあの日突きつけられた。思い出すだけで胸がチクリと痛む。

(婚約破棄も三度目ともなれば諦めが先に立つものだと思っていたけれども、それなりにへこむんだな。お断りされるにも、あれほど自分を全否定されてしまったのも初めてだったし……)

 過去二回は婚約破棄といっても、それなりに円満なものだった。相手方の病気や資金繰りの失敗など理由は違ったし、誠意ある対応をしてもらった方だ。どちらもアルテミラに過失があったわけではない。
 それが何も知らない人たちによってアルテミラを貧乏貴族と侮り、面白おかしく吹聴されただけだった。
 貴族令嬢としては崖っぷちには違いないが、あそこまで言われる筋合いはないとアルテミラは思っている。
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