婚約破棄された崖っぷち令嬢ですが、王太子殿下から想定外に溺愛されています
落ち込む気持ちを切り替えようと、布団の足元で丸くなっていたペットでフェレットのマールを抱き上げる。
温かみのある薄いブラウンの毛並みに、淡い金色の鼻周りと胸の前掛けのような模様がとてもキュートだ。そこにつぶらな黒い瞳と鼻がちょこんと乗っている。
ふわふわ毛に顔を擦りつけるとたまらなく気持ちがいい。
「ああー。ふわふわ、やわやわ。これこそアニマルセラピーだわ」
アルテミラの独り言に答えるように、キュウ、とマールが鳴いた。可愛い仕草のマールに癒やされ気分が落ち着いてくると、段々と口から愚痴が勝手にこぼれ落ちてくる。
「どうしてトマス様が勘違いしたのかわからないけれど、私が聖女候補になんてなれるわけがないじゃない。魔力なんてほとんどないんだもの」
下手すれば平民の子ども以下の魔力量。どれだけ頑張っても手のひらに水を溜めるくらいが精一杯だった。
「マールにお水をあげるのは便利だけどね。……“ネプゥル”」
一般的な魔法のなかでも超初級である水の呪文を唱えると、早速マールがアルテミラの手のひらに溜まった水を飲みにきた。前足をちょこんと手のひらに置いて水を飲む姿が可愛らしいと和む。
そもそも、トマスが言っていた“風変わりな魔法”は魔法ではない。
おそらく領地で子どもたちに見せていたものが、歪曲して伝わったのではないかと想像する。
アルテミラは空いている方の手の指を軽く握り、きゅっきゅと擦り合わせる。そうして、「はいっ」と勢いよく開くと何もないところから一輪の薔薇を出現させた。
そう、それは魔法ではなく、マジック――。
つまり、種も仕掛けもある。アルテミラの前世で言うところの“手品”だ。