結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
途端に彼は眼鏡が汚れるなどかまわず手で顔を覆い、崩れるようにその場にしゃがみこんでしまった。

「……純華は俺を殺す気か」

「は?」

手まで真っ赤に染め、彼がなにを言っているのかわからない。

「無自覚なんだもんなー、こえぇよな」

しばらく気持ちを落ち着けるように深呼吸したあと、ようやく矢崎くんは立ち上がった。

「ええっ、と?」

眼鏡を拭きながら彼はうんうんとひとりで頷いているが、完全に私はおいてけぼりだ。

「でもおかげで滅茶苦茶やる気出たわ。
もー、俺は無敵!って感じ。
ありがと」

今度は矢崎くんのほうから、軽くちゅっと唇が重なる。
とにかく、私が思った以上に彼は喜んでくれたみたいだし、よかったな。

仕事中はなんとなく、落ち着かなかった。

……今頃矢崎くんは、契約の最中なんだよね。

私にはなにもできないが、とにかく上手くいくように祈ろう。
とはいえ、何度も携帯の通知をチェックしてしまう。
今日、契約が結ばれれば夜は接待だと聞いていた。
万が一、失敗のときはそれがなくなるから、晩ごはんがいるので連絡するとも。
だから、なにもないのがいい知らせ、なのだ。

「よしっ」

終業時間になっても、矢崎くんから連絡はなかった。
きっと、上手くいったんだと思う。
< 132 / 193 >

この作品をシェア

pagetop