結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
そのときが来たときに子供ができていては困る。
――それに。
彼に愛されているのだという実感は、少しでも薄くしておきたかった。
そうじゃないと別れるとき、つらくなる。

「あがったよー」

「じゃあ、俺も入ってくるな」

私と入れ違いで矢崎くんが浴室へ消えていく。
ソファーに座り、今日のニュースなんかチェックしていたら、彼があがってきた。

「じゃあ、寝るか」

「そうだね」

一緒に寝室へ行くと思ったとおり、押し倒された。

「……ごめん」

迫ってきた顔を押さえ、目を逸らす。

「嫌か?」

私を見下ろす彼は傷ついているようで、私の胸も痛くなる。
それでも黙って頷いた。

「じゃあ、仕方ない」

彼は淋しそうに小さくため息を落とし、私から離れた。
それを見て、鋭い錐でも打ち込まれたかのように胸がさらに痛む。

「違うの!
矢崎くんが好きだよ。
好き、だから抱かれたくないの……」

じわじわと浮いてきた涙を誤魔化すように鼻を軽く啜る。
矢崎くんがただの同期ならこの身を任せていた。
しかし彼は、ゆくゆくはこの会社を背負っていく人なのだ。
どんな理由にしろ、あの父の娘である私と夫婦だなんて許されない。

「純華?」

矢崎くんの手が心配そうに私の頬に触れる。

「それって、どういう?」
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