恋人は謎の冒険者
家に帰って、夕食の用意が出来たら呼びに行くと言って、マリベルは一旦部屋の前でフェルと別れた。
だいたいできあがって来た頃に食器を並べていると、入り口のドアを叩く音がした。

「フェルさん、そろそろ呼びに行こうと思っていたの」
「あの、これ」
「え?」

そう言ってフェルが背中に隠していた花束を見せる。今度は薬草ではなくきちんとした花だった。それもマリベルが好きなガーベラだ。

「まあ、いつの間に。ありがとうございます」

一緒に帰ってきたから途中で買う時間はなかったはず。ということは、一度帰ってから買ってきたのだろうか。
花瓶に花を生けてから食べ始めたが、フェルはよほどお腹が空いていたのか用意した食事をすべて平らげた。

「あの、フェルさん、聞きたいことがあるんですが」
「俺の実力のことですか?」

彼も聞かれると覚悟していたらしい。マリベルはこくりと頷いた。

「ウルフキングを倒すなんて、C級のレベルじゃないですよね」
「冒険者は最初F級から始めますよね」
「普通はそうだけど。実力者からの推薦があってそれなりの実績があれば、もっと上のランクから始められるし、最速でランクも上げられるわ」
「でも俺はただ、冒険者になれればそれで良かった。ランクはどうでもいい」
「だけど、実力があるのに正当に評価されないなんて悔しくないの? あんな風にエミリオにばかにされることもなかったのに」

A級だからと偉そうにしていたエミリオは結局強い魔物を前に逃げて、仲間を失った。彼がばかにしたフェルは彼らを救い、ウルフキングを始めとしたベアドウルフを討伐した。どっちが実力があるかと言えば一目瞭然である。

「フェルさん、一体どれくらい強いんですか?」

ギルドの受付のマリベルは、登録している冒険者カードの情報を見ることが出来る。フェルの登録情報はC級冒険者としてはかなりのスペックだった。
魔法は水と風と土が使える。後は強化魔法などの無属性魔法。魔法の種類で言えばかなりの実力だ。得意な武器は剣。その腕前も達人レベルだ。
本当ならA級など軽く狙えるほど。

「俺は強さを自慢するつもりはない。ランクは他人からの評価でしかないし、いくら上のランクに昇り詰めても、自分が大事な人を守れると確信できる強さにはまだまだ足りないと思っている」

無欲なのか貪欲なのかわからない答えだった。数値で見る評価は重要では無い。でもどこまでも強くありたい。フェルの強さは自慢するためでも自分が評価されるためでもなく、ただ大切な人を守るために身につけたものだと言う。

「でも、いざというとき、俺は側にいることができず守れなかった。そのせいで大切な人を悲しませてしまった」

悔しそうに唇を噛んで、ぎゅっと目を瞑る。その顔には後悔の念が滲み出ていた。

「次は絶対守る」

魂に刻み込むかのようにそう言う。
フェルがそれほどまでに守りたい人ってどんな人なのかな。
女性かな。もし女性ならどんな人なんだろう。
そう思うと、何だか心がざわついた。
でもそんな人がいるなら、なぜ私の恋人の振りをしてくれるのか。その理由がわからない。
きっと実力より低いランクでいるのと同じで、何か事情があるんだろう。

「じゃあ、この前教えてくれた孤児とか、私の父に恩があるというのは」
「それは本当です。俺は本当の両親の顔も知らない。赤ん坊の頃棄てられていた。子供の頃は、生きるために犯罪も犯した。マリベルさんの父上に会ったのもその頃だ」

複雑な色をしたフェルの瞳がまっすぐにマリベルに向けられた。よほどの悪人でない限り、後ろめたいところがなければそこまで真っ直ぐ見つめてくることはないだろう。
色々謎の多い人だが、悪人では無いとわかる。本当の悪人で狡い人間なら、今日みたいに危険を承知で人を助けたりはしない。
嘘はついていない。ただ、彼には言えないことがあるのだ。冒険者をやっている者の中には、誰にも言いたくない暗い過去を引きずっている人がいることを、マリベルは知っている。
犯罪を犯した。小さい頃、生きるために必死だった時に、犯したのだろう。
そんな一見恥と思えることを、彼はマリベルに話してくれた。
それだけ信用してくれているんだ。
そう思うと、さっきざわついた気持ちが幾分か落ち着いた。

「嘘だとは思っていないわ。フェルさんのことを、昔から知っているわけじゃないけど、そんな人じゃないことはわかるわ」
「ありがとう。そんな風に言ってもらえてうれしい」
「でも、今日は本当にありがとう。一人は助からなかっけど、フェルさんのお陰で命拾いした人がいるし、ウルフキングやベアドウルフを倒してくれた」
「俺が出来ることをやっただけです」
「ねえ、やっぱり私からも何かお礼をしたいんだけど」
「食事、作ってくれました」
「それは、私も食べるし、ついでみたいなものよ。もっと、何かフェルさんが今日頑張ったと実感できることで、私が出来ることはない? あまり高いものは無理だけど、何か記念に残るようなもの、ない? 何でも言って」

フェルが何をほしいか、どんなことをしてもらったら嬉しいか、マリベルにはまるでわからない。
マリベルの作った料理を美味しそうに食べてはくれるが、それは特別なことではない。
彼が何を贈ったら喜んでくれるのか、少しでも彼のことを知りたかった。

「何でも?」

マリベルのことをじっと見つめ返し、フェルが尋ね返す。

「ええ」

マリベルを見つめるフェルの瞳が揺らぐ。

「じゃあ、恋人…」
「え?」

声が小さくて聴き取れなかった。

「や、やっぱり、いいです。食事だけで」
「何かあるんでしょ、言ってみて。私に出来ることなんですよね」

何か言いかけてフェルは打ち消した。それをマリベルは追求した。

「も、もちろん。マリベルさんに出来ることだし、あなたしか出来ません」
「だったら言ってください」

彼の望みがなんなのか、キラキラとした目で彼の言葉を待った。

「もし、出来ないなら、断ってください。俺は…気にしないので」
「ええ」

彼が何を言ったとしても何とか応えるつもりだったが、マリベルはそう約束した。

「じゃあ…その…キス…」
「え?」
「恋人…同士が交わすような…キス、したいです。マリベルさんと」
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