せっかく侍女になったのに、奉公先が元婚約者(執着系次期公爵)ってどういうことですか2 ~断罪ルートを全力回避したい私の溺愛事情~
 見てはいけないものを見てしまった気がする……。 
 こんなに早くマリー様の二面性を発見するとは思わなくて、一方的に気まずさを感じた。
 だけど、あそこまで怒るなんて、なにがあったのだろうか。
 マリー様の後ろ姿が完全に見えなくなったのを確認して、私は事件現場であろうマリー様の部屋をそっと覗いた。
「……!」
 すると、部屋の中でひとりの侍女が泣きべそをかきながら、割れたガラスの破片を片付けていた。
 何度も涙を拭いガラスを拾っている姿が危なっかしいと共にかわいそうでもあって……気が付けば、私は僅かに開いた扉に手をかけ、彼女に声をかけていた。
「あの、大丈夫ですか……?」
 私の声に驚いたのか、侍女の肩がビクッと跳ねる。
「よかったら手伝いますよ。あと危ないので、ガラスの破片がついた手で目は絶対に擦らないようにしてくださいね」
「すっ、すみません……ありがとうございます……」
 どうしても彼女を放っておけず、私は部屋に入ってマリー様の侍女の隣に屈むと、一緒に割れたガラスの破片を集めた。
「……案外細かく割れてますね。私、ちりとりと箒を持ってきます」
「あ、それならそこの棚に……」
 ぐずぐずと鼻水を吸いながら、私に掃除道具がある場所を指さしで教えてくれた。
「ありがとうございます。えーっと……」
「……クラーラと申します」
 私がなんて呼べばいいか迷っているのを察してくれたようだ。茶色いボブヘアに、薄くそばかすのある頬が可愛らしい彼女の名前は、クラーラというらしい。年齢は私と同じくらいに見える。
「クラーラさん。私はユリアーナと申します」
「ユリアーナさん。ごめんなさい、迷惑をかけてしまって……」
「とんでもありません。ほら、危ないので、さっさと片付けちゃいましょうっ!」
「はい……」
 涙は止まったものの、クラーラさんはずっと暗い表情を浮かべて、ガラス掃除を再開した。散らばった破片を箒で集め、彼女が手で押さえてくれているちりとりに移す。するとクラーラさんは、ちりとりをゴミ箱に捨てずに棚に置いた。
「あの……本当に助かりました。ありがとうございました」
 そして改めて、私に頭を下げてお礼を言ってくれた。
「いえいえ! 私こそ、急に声をかけてしまってごめんなさい。ちょうど近くを通りかかって……その、気になっちゃって……」
 あんな怒声が聞こえれば、誰でも驚くに決まっている。クラーラさんは俯いたまま、ばつが悪そうな顔をしていた。
「あの、言いたくなければ答えなくて構わないのですが……なにかあったんですか? クラーラさんの仕え先は、マリー様ですよね?」
 マリー様も、理由なく怒鳴る人ではないだろう。……そうだと思いたい。
「実は……私が間違えた教材を渡してしまって……それで休憩時間、マリー様が部屋まで取りに来たのですが、私が何度も同じミスをしたことで相当機嫌が悪くて……それなのに私、さらにマリー様を怒らせるようなことを……」
 聞くところによると、マリー様の教材を間違えた挙句、お茶すらまともに用意ができなかったらしい。
マリー様は部屋に戻ると、いつもお気に入りのハーブティーを飲むようだ。そんなに手間のかからないものなのにいつまで経ってもお茶を出さないクラーラさんに腹を立て、さっきの怒声が飛び交ったのだとか。
「それじゃあ、ガラスの破片は?」
「あれはマリー様が怒って立ち上がった際に、テーブルに置いていたガラス細工が衝撃で落ちてしまったんです」
 つまり、わざと落としたわけではない――と。
「それを聞いて少し安心しました。だって、忘れ物とお茶を淹れられなかっただけで、ガラスを投げるなんていくらなんでも危険すぎるもの」
「……いいえ。もしそうされていても仕方ありません。私が全部悪いんです。私が侍女としてまともに仕事ができないから。何度同じことを注意されても、マリー様に叱られるのが怖くてびくびくして、結局ミスを繰り返してしまうんです」
 細心の注意を払っているつもりが、逆にそれがクラーラさんにとって大きなプレッシャーになっているようだ。
ミスをしてはいけないと思えば思うほど、緊張感が増すのは私もよくわかる。侍女になりたての頃、まさに同じような気持ちを味わった。
「でも、クラーラさんはマリー様の専属侍女としてここへ来ているのでしょう? それなりに親しい仲なんじゃあ……」
 信頼関係がなければ、わざわざ〝専属〟にはしないだろう。エディだって、幼い頃からリーゼに仕えていて、ふたりはとても仲がよさそうだった。
 私はクラウス様から強制的に専属にされた身だが……クラウス様が私を嫌いだったら、専属侍女になんてしていないと思う。
「そんなことありません」
 私の問いかけに、クラーラさんは首を横に振った。
「マリー様は好き放題したいから、絶対に口答えのできない私を専属に選んだだけです。屋敷でも伯爵様と奥様に甘やかされ、わがまま放題でしたが……両親やほかの侍女の目があったから、ここまでひどくはありませんでした」
「家族に甘やかされわがまま放題……」
あれ。なんだか昔の誰かさんのような境遇ね。
 あまりに身に覚えがありすぎて、私は心の中で苦笑する。
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