せっかく侍女になったのに、奉公先が元婚約者(執着系次期公爵)ってどういうことですか2 ~断罪ルートを全力回避したい私の溺愛事情~
「えっと……クラウス様を探してて。コンラート様、なにか聞いてませんか?」
 ここでコンラート様に会えたのは、運がよかった。クラウス様は、今でもコンラート様とマリー様と一緒にいることが多いと言っていたから、なにか聞いているかもしれない。
「クラウスなら、マリーと街へ出ていったよ」
「……えっ」
「ユリアーナさん、聞いてなかったの? ……まぁ。急遽決まった可能性もあるし、言いそびれちゃったのかもね」
「そ、そうですか。わかりました。ありがとうございます」
 まさかマリー様とふたりきりで街へ出かけていたとは思わなくて、あきらかに動揺を露にしてしまった。そんな私を見てか、すかさずコンラート様がフォローを入れてくれる。
 ……なぜ、コンラート様は一緒じゃないんだろう。ふたりで行く必要性があったのかしら?
 私には関係ないことなのに。どうしても、考えずにはいられなかった。頭の中でぐるぐると、ふたりが街巡りを楽しんでいる様子を妄想してしまう。
「それでは、私はここで失礼いたします」
 いつふたりが戻ってくるかもわからなければ、戻ってきたとして、私が邪魔になるかもしれない。そう思い、私はさっさと寮へ戻ることにした。もう、部屋の片づけやお茶の準備もできているが、お茶はいくら保温機能があっても時間が経っているため、帰って淹れなおそう。
「待って!」
 茶葉の残量を頭の中で数えていた私の腕を、コンラート様ががしっと掴む。袖から伸びる細い手首に綺麗な長い指は、思いのほか力が込められていた。
「……どうしましたか?」
 振り向いて、未だに私の腕を離さないコンラート様に問いかける。いったいどうしたのだろうか。
「……ユリアーナさん、君に頼みたいことがあるんだ」
「私に?」
 いつになく真剣な表情と声色である。
「とりあえず、一緒に書庫へ来てもらえるかな?」
 なにを頼まれるのか見当もつかなかったが、特に断る理由もない。時間もあるし、私にできることなら役に立ちたい。
 そう思い、私はコンラート様と共に書庫室へ足を踏み入れた。天井の高い書庫室は、どこもかしこも本だらけ。三百六十度本棚に囲まれており、そこには空いたスペースもなく、本がパンパンに詰められている。
 案内のときは時間がなくて、中までしっかり見られなかったが、こんなふうになっていたんだ。窓からは外の光が差し込んでおり、もっと早い時間に来られたら、とても綺麗で気持ちのいい空間だろうなと思う。
 エルムの書庫室もそれなりの本を揃えているが、もっと狭い。私はしばし、アトリアの書庫室に目を奪われていた。
ニコルは本が好きだから、この景色を一緒に共有できたらよかったのになぁ。でもこれで、ニコルへの土産話がひとつ増えた。
「うちの書庫室、先代の国王が無類の本好きで、一度リニューアルしているんだ。未来のアトリアを担う若者に、いっぱい本を読んでほしいって」
「そうなんですね……! すごく素敵です。本好きにはたまりませんね……!」
 私は前世で入院中、本にはたいへんお世話になった。めちゃくちゃ本が好きっていうわけではないが、この光景を見て感動するほどには、本に触れていた気もする。
「コンラート様は本がお好きなのですか?」
「うん。暇があれば読んでるかな。歴史、雑学、創作物語……どんなジャンルにも手を出してるよ」
 ということは、コンラート様も恋愛本なんかを読んだりしているのだろうか。ニコルの部屋にはそういった類の本がずらりと並んでいたが、同じようなものをコンラート様が読んでいるのはまったく想像がつかない。
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