せっかく侍女になったのに、奉公先が元婚約者(執着系次期公爵)ってどういうことですか2 ~断罪ルートを全力回避したい私の溺愛事情~
「だけど、最近は本を読む人が激減してさ。それを増やすためにリニューアルしたのに、全然なんだ。ほら、今だって、僕らしかいないだろう?」
「……たしかに、言われてみれば」
 これだけ広く、快適な書庫室なら、放課後に来る生徒がいそうなのに。
 コンラート様によると、自習室は学園内にべつに用意されており、そっちに行く者が圧倒的に多いとか。
「僕がいるのがいけないのかな。王族がいると、変に気を遣うって言われちゃうし。……前は頻繁にマリーが訪ねてきたけど、彼女は本にまったく興味がないからね。ここへ来ても雑談をするだけだったよ」
 きっとコンラート様は、おすすめの本を言い合ったり、感想を語り合ったり、そういうことがしたいのだろう。ニコルもそれがしたくて、私に本を押し付けたりしてきた。そして実際、その後感想を語り合う時間は楽しかった。
「ごめん。話が逸れちゃったね。ユリアーナさんに僕の愚痴を聞かせる気なんてなかったのに」
「いえ! とんでもありません。私でよければいつでも。それに、おすすめの本があればぜひ教えてほしいです」
「……本当に?」
 目を丸くするコンラート様に、私は大きく頷いた。すると、コンラート様は嬉しそうに、「今度何冊か持ってくる」と言った。いつも大人っぽいコンラート様から、本に触れているときは少年っぽい無邪気さを感じる。
 ……クラウス様も宝石店に行ったとき、こんな感じだったな。
 石が好きな祖父の話をしながら、宝石を見るクラウス様の瞳は、いつもの何倍も輝いていた。人は大事な思い出や好きな物に触れると、知らず知らずのうちに、内にある想いがいろんな形で外に現れるのだと、私は思った。
「それで、ユリアーナさんに頼みたいことがあるんだけど……」
「あっ。そうでした。なんでしょうか?」
 すっかり、ここへ一緒に来た元々の理由を忘れていた。
 コンラート様は手に持っていた三冊の本のうち、二冊をテーブルに置くと、残りの一冊を私に差し出す。
「この本、僕のお気に入りなんだ。アトリアを舞台にした魔法冒険ものの話なんだけど、すごく古い本で。これまでは、なんとか読めていたんだけど……」
 コンラート様のお気に入りの本とやらは、見ただけでわかるくらいにぼろぼろになっていた。手に取ってページをめくると、破れている箇所はもちろん、謎の染みで文字が滲んでいるところもちらほら。紙もパリパリになっている。これだけ年季の入った本を見たのは初めてだ。
「これではもう、読むのはむずかしそうですね……」
「そうなんだ。文字は最初から滲んでいて、なんて書いてあるのかすごく気になって。……それで、よければなんだけど……ユリアーナさん、この本を直してもらえないかな?」
 気まずそうに、しかし切実そうに、コンラート様は言った。
 ――私、コンラート様に私が持っているギフトの話をしたことあったっけ?
 記憶をどれだけ辿っても、そんな覚えはない。でも、知っていなければ、私にぼろぼろになった本を直してほしいなんて発想は出てこないはずだ。
「えっと、どうして私に?」
「マリーから聞いたんだ。君がエルムの精霊から、〝修復魔法〟のギフトを授かってるって。それで今日、僕のぼろぼろの本を見て、ユリアーナさんに頼んでみたらどうかってアドバイスをくれたんだ」
 マリー様から!? クラウス様がマリー様に言ったのだろうか。しかし、クラウス様は私のギフト能力を大っぴらにすることに、あまり積極的ではないということを知っている。
 そのとき、私の中にもうひとりの人物が思い浮かんだ。それはマリー様の専属侍女のクラーラである。
 私が直してあげたガラス細工を、マリー様に見られたのだろうか。マリー様に詰め寄られて、半泣きで白状するクラーラの図が、いとも簡単に目に浮かぶ。
 真実はわからないが、とりあえず、ギフトの話はマリー様にもコンラート様にも知られてしまったということだ。どこまで広がっているのかはわからないが……極秘情報なわけでもなく、隣国だし、バレたところでそれほど大きな問題にはならないだろう。実際、普通はギフトをもらったら公開する人のほうが多いのだから。
「……わかりました。でも、内緒ですよ?」
 一応、ギフトのことを言いふらさないよう、コンラート様に念を押す。本を直してあげたことが広まって、あちらこちらから修復を頼まれるなんてことになったら、仕事がまともにできなくなってしまう。
「もちろん。君に迷惑をかけるようなことはしないって約束する」
 僅かな時間しか一緒にいたこともなければ、ふたりで話したことも今日が初めて、だけども、これまでのコンラート様を見ていたら、彼は信頼できる人だと思った。
 ……エディのときもそう思って、結果あんなことになったんだけどね。結果的にエディは根っからの悪者ではなかったから、私はよしとしているのだが。そう言うと、いつもクラウス様に「ユリアーナは甘すぎる!」と怒られる。
「わかりました。では、少々お待ちください」
 私はコンラート様の本をテーブルに置いて、手をかざすといつも通り修復魔法を発動した。最初は表紙に描かれた絵が鮮明に浮かび上がり、次にページがパラパラと開かれ、傷ついた箇所を光が直していく。
 光が治まると、ぼろぼろだった本は、本来の姿に戻っていた。
「……この本、こんな表紙をしていたんだ」
 初めて手にしたときから汚れていたからか、コンラート様は初めて本の表紙をまともに見ることができたらしい。
 感激した様子で本を手に取ると、コンラート様はページをめくっていく。
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