せっかく侍女になったのに、奉公先が元婚約者(執着系次期公爵)ってどういうことですか2 ~断罪ルートを全力回避したい私の溺愛事情~
「えっ? そんなことないですよ。私より可愛い子なんて、この学園にたくさんいるじゃないですか」
 見ていないところで頭でも打ったのかと、コンラート様のことが心配になる。それとも、本を直してくれたお礼に、私を精一杯おもてなししようと考えているのだろうか。それでわざわざ思ってもいないことを……。
「クラウスも、毎日学園で君のことを可愛いと言っているよ。本人がいないところでもずっと。〝ユリアーナは可愛い〟って」
「なっ……! も、もう、クラウス様ったら。恥ずかしいから、やめてほしいです」
 学園でのクラウス様の裏話を初めて聞いて、途端に私は恥ずかしくなった。ぽっと熱が上がった気がして、熱くなった顔を隠すように紅茶をぐびぐびと喉に流しこむ。
「ふっ……ははっ!」
 その様子を見ていたコンラート様が、突然笑い始めた。紅茶を水のように飲む姿が、あまりに滑稽だったのだろうか。どうしよう。せっかくお茶に誘ってくれたのに、完全にやらかした!
「ユリアーナって、一途だよね」
 コンラート様にドン引かれたと思って焦っていた私に、意外な言葉が投げかけられる。
「……一途?」
「うん。だって、僕が可愛いって言ってもあっけらかんとしていたのに、クラウスが言っていたって伝えたら――急に頬を染めるものだから。あまりに素直な反応で、笑っちゃった」
 無自覚に、そんなにわかりやすい反応をしていたのかと、また顔が熱くなった。でも、頬が染まったからといって、一途には繋がらない。あれは、クラウス様が外でも恥ずかしいことを惜しげもなく言っていることに感じた恥ずかしさであって、それ以上の深い意味などない。
「クラウスはいいなぁ」
「なに言ってるんですか。コンラート様だって、モテモテでしょう? そんなにかっこよくて、私のような人間にもお優しいのですから。ご令嬢様たちが、放っておくわけがありません」
 婚約者がいないことに驚くくらい。あまりに人気で、争奪戦に決着がつかないとか? それとも、コンラート様自身がまだ、婚約や結婚に前向きではないのかも?
「うーん……たしかに、モテていないって言えば嘘になるかな。でも、僕は誰に対しても平等なんだ。たとえ誰かに言い寄られて、好意と伝えられても、特定の相手を特別扱いしたいって思ったことがなくて。……これって多分、誰かを好きになったことがないっていうことだよね」
 寂し気に目を伏せて、コンラート様は話を続ける。
「僕がずっと同じ態度を貫いていると、知らぬ間に、僕を好きだと言っていた女性たちは、みんなほかの誰かと婚約したり、付き合ったりしているんだ。自分が愛を返さないくせに、愛し続けてほしいなんておこがましいことを思っているわけじゃあないんだけど……。つい最近まで僕を好きだと言っていた人が、明日にはべつの人を好きになってる。そういうことが何度もあると……誰かを好きって感情が、よけいわからなくなって」
「……そんなことが。でもたしかに、脈のない相手をずっと追いかけ続けるのは、とてもたいへんで、時には虚しさに押し潰されそうになりますからね」
その人に愛してほしくて愛を与えていたら、少しも返ってこないといつか限界がくる。見返りを求めていない愛だったら、また違ってくるのかもしれないけれど。
「なんだか、経験者みたいな物言いだね。ユリアーナは、ずっとクラウスに愛されてきたんだろう?」
「そう思いますか? 実は、違うんです」
 私は、私が前世の記憶を取り戻すまでの、小説通りの冷たいクラウス様の話をした。もちろん、私の性格が悪かったことを大前提に。話を聞きながら、コンラート様は興味深そうに相槌を打っていた。
「――なるほど。クラウスの変化もすごいけど……冷たくされてもずっと、君はクラウスを好きだったんだね」
「まぁ……ユリアーナ(わたし)は、そういう女性でしたから。今は違いますけどねっ!?」
 この辺は、なんと説明したらいいかわからない。
小説家に作り上げられたユリアーナという女性は、なにがあってもクラウス様を愛し、クラウス様を愛し続けたことで破滅した悪役令嬢。行動は褒められるものはひとつもないが、誰よりも一途だったことに間違いはない。
「俺からしたら、君は今も一途なままに見えるよ。……そういう女性もいるんだなぁ。本の世界だけだと思ってた」
 ある意味、コンラート様の言うことは合っている。だって、私も一応、本の世界の住人だから。今は意思を持って、シナリオに抗わせてもらっているが。
「なんだか、ますますクラウスが羨ましくなったよ。僕もそこまで、誰かに一途に愛されてみたい」
 そう呟いたコンラート様の言葉は、心からの願いに聞こえた。
「じゃあまずは……コンラート様が誰かを一途に愛すところから始めてみたらいいかもしれませんね」
「……本当に、その通りだね。自ら誰かを愛せたら、僕も変われるかな」
「はい。きっと」
 私が微笑みかけると、コンラート様も眉を下げて笑った。
 書庫室の窓から見える空は、いつの間にかオレンジ色に変わっている。テーブルの上のお菓子も、紅茶も、ちょうどなくなった。
「そろそろ行こうか」
「そうですね。今日はありがとうございます。とても楽しかったです」
「こちらこそ。本を直してくれたことも、話を聞いてくれたことも、両方に感謝してる。また誘ってもいい?」
「はい。機会があればぜひ」
 ここへ来てからというものの、クラウス様とクラーラ以外と会話をすることがほとんどなかったから、コンラート様との時間は、私にとっても新鮮で有意義なものだった。
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