バイバイ、リトルガール ーわたし叔父を愛していますー
すみれの後悔
すみれが勤める老人介護施設に迫田妙子が訪れたのは、すみれが迫田航の前から姿を消してから3年後の春のことだった。
桜の花びらが窓の外ではらはらと舞い散る午後、施設内にあるカフェテリアですみれは迫田妙子と向き合っていた。
航と養子縁組をしている迫田妙子とは、桔梗の通夜で一回会ったきりだった。
「良かった。やっとすみれちゃんに会えた。」
「どうして私の勤め先が・・・?」
航君に聞いたのだろうか?
しかしすみれは航との別れを決意したあと、勤め先を変えている。
妙子がすみれの勤め先を知るのは、航経由ではありえないことだった。
「すみれちゃん。航の元を離れていたのね。知らなかったわ。」
妙子は責めるでもなく、すみれに柔和な笑みを浮かべた。
そして手品の種明かしをするように、軽い口調で言った。
「申し訳ないけど興信所を使わせてもらったの。東京で老人介護施設に勤めている野口すみれさんを探して欲しいってね。思ったより早くみつけてくれたわ。個人情報保護といってもまだまだ抜け道はあるみたいね。」
「・・・・・・。」
「それくらいどうしてもあなたを見つけたかったの。」
「もしかして航君に頼まれたのですか?」
航とはあの家を出てから、一度も会っていなかった。
会いたくて会いたくて仕方なくて、何度も家の近所まで足を運んだ。
けれど会ってしまったら、また航君に甘えてしまう。
それに航君にはもう恋人がいるかもしれない。
それを知るのが怖かった。
もし、航君が私を探してくれているのなら、私はどうしたらよいのだろう・・・。
そんなことを考えていると、先ほどまでの柔らかい雰囲気から一転、妙子の表情が思い詰めたように固くなった。
「その航のことなんだけどね。」
「はい。」
すみれの鼓動が早くなった。
「事故にあったの。」
「・・・え?」
「2週間前のことよ。」
「航君は・・・航君は無事なんですか?!」
すみれは絞り出すように、震える声で尋ねた。
最悪の場合を想像し、泣き出してしまいそうになるのを必死で堪えた。
「ええ。命に別状はなかったの。不幸中の幸いね。」
「どんな事故に遭ったんですか?!」
「地下鉄の駅の階段でね、小さな女の子が足を踏み外してしまったらしいの。その子の母親はベビーカーを片手にゆっくり歩いていたせいか、目を離してしまったのね。航はその子を助けるために自分が盾になって、階段を転がり落ちたの。今、大きな大学病院に入院してる。」
「怪我の具合は・・・」
顔面蒼白になったすみれを落ち着かせるように、妙子は口元を引き上げた。
「まだ確実ではないのだけれど・・・左手を強く打ちつけたらしくて、麻痺が残るみたい。」
片手が使えないのなら、日常生活にも困るはずだ。
すぐにでも航に会いに行かなければ・・・、ただそれだけがすみれの頭を占めた。