御曹司くんには婚約者がいるはずでは!?
私の世界はこっち。
少し前まで夢の中にいたのかもしれない。
そう思えるくらい現実離れした空間にいた。
それでも、氷上くんとのやり取りを思い出すと、心臓がドキドキと高鳴り出して、現実だったんだと思い知らされる。
『いいんちょーってさ、好きな人いるの?』
なんであんなこと聞くのか。
なんであんな真剣に見つめてくるのか。
わからない。全然わからない。氷上くんの考えていることが。
婚約者である藤堂さんにも、あんな風に甘い雰囲気で語りかけるのだろうか・・・。
・・・・・・そりゃ、そうに決まってるよね。婚約者ってことは恋人同士に違いないんだから。
手を握ることも、それ以上に近づく事も、きっと当たり前。
そんなことを思いながら、氷上邸に背中を向けトボトボと帰路につく。
これ以上氷上くんに近づくと危ない。
私の中の何かが警鐘を鳴らしている。
これ以上近づいてしまえば、もう後戻りできなくなってしまう。
氷上くんはただのクラスメイト。友達。今までも普通に接してきたじゃないか。
そう自分に言い聞かせて、肩にかけたスクールバッグをぎゅっと握りしめる。
心の奥がチリチリと痛んでいることを気のせいだと振り払うように、私は歩くスピードを早めた。