初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
「まあ、キシュアスの前王には娘が二人いたということだ。だが、もう一人のほうは表舞台から消されていた」
「なぜ?」
「『無力』だからだな」
 その言葉に、イグナーツは思わずゴクリと喉を鳴らしてしまった。
「あの国では『無力』は疎外の対象となっている。まして王族。存在しない者にしたかったのだろうな」
 それができなかったのは『無力』なりに使い道があるとでも思っていたからだろう。
 ゼセール王が水面下で手に入れた情報によると、言葉にしたくないような計画が立てられていたとのことだ。
「というわけでだ。結婚してくれ」
 イグナーツも今の話で状況を理解した。キシュアス前王の娘でありながらも、処罰の対象とならなかったのは幽閉されていたのが原因だろう。
「彼女の肩書が重要であるなら、安心しなさい。彼女は現王の養女となったから、やはり王女のままだ」
 肩書などどうでもいい。とにかくイグナーツは結婚したくないのだ。まして相手がキシュアス前王の娘となれば、なおのこと。
「この年にもなって、今さら結婚したいとは思わない。……断る」
「とは言わせないと言っただろう? これは王命だ。それに相手が『無力』であれば、君にとって都合がいいのではないか?」
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