初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 彼女は右手を握りしめて胸元をおさえると、ゴクリと喉を鳴らした。あの扉の先を確認したいが、見てはいけないような気がする。そんな直感が働いた。
 それでも、誰かが扉の向こう側で苦しんでいるのであれば助けたほうがいいだろう。
 扉に手を添え、隣の部屋をそろりと覗き込む。
「旦那様……っ?!」
 オネルヴァは目を疑った。目を疑ったのは、この部屋の状況だ。
 ここは一体、なんの部屋だろうか。
 だがそれよりも、部屋の真ん中には苦しそうに胸元を押さえながらうずくまっているイグナーツがいる。
「旦那様。大丈夫ですか?」
 彼女は思わず駆け出し、イグナーツに触れた。
 ひくっと彼の身体は震え、オネルヴァを見上げてきた。
「……?!」
 イグナーツの目は血走っている。肩を上下させながら、苦しそうに呼吸をしている。どこからどう見ても具合が悪そうだ。
「旦那様、どうされたのですか?」
 この部屋の異様な光景も気になっていたが、苦しんでいるイグナーツのほうがもっと気になる。
「オネルヴァ……か?」
 そう呼ぶ声も途切れ途切れで、額にも玉のような汗をびっしりと浮かべている。
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