初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
「あの……。この子たちは、旦那様がお作りになられたのですか?」
 彼は動かない。視線も合わない。だけどオネルヴァはしっかりと彼を見据えている。
「……そうだ……」
 絞り出すような声で、彼は呟いた。
「旦那様は、手先が器用なのですね。どの子も微妙に表情が違いますし、何よりも愛らしいです」
 オネルヴァはぬいぐるみの顔に頬を寄せ、ぎゅうっと抱きしめる。
 やっと顔をあげたイグナーツは、オネルヴァがぬいぐるみと触れ合っている様子を見ていた。
「オネルヴァは……俺がそういったものを作っていることに対して、何も思わないのか?」
「え? と……。すごいと思います。わたくしも刺繍はしますが、こういったぬいぐるみを作ることはできませんので。ほつれたものを直すくらいしかできません」
「そういうことではなくて、だな……」
 イグナーツは大きな右手で口元を覆った。どこか照れているようにも見える。
 オネルヴァは首を傾げた。彼は何を言いたいのだろうか。
「俺のような男が、このようなぬいぐるみを作っていることに対して、それ以外の感想はないのか?」
「すごい、以外ですか? え、と。素晴らしいとか。感動しましたとか。語彙力がなくて申し訳ありません。それよりも、わたくしも作ってみたいです。どうやって作るのでしょう? わたくしにも作れますか?」
 すると、くつくつとイグナーツが笑い出した。むむっと、オネルヴァは唇を少しだけ尖らせた。
「旦那様?」
「いや、すまない。俺の悩んでいたことは、大したことのないものだったんだと、そう思えてきたんだ」
「そうですか」
 笑われて、少しだけ心がもやっとしたオネルヴァだが、イグナーツが浮かべた笑みによって、そのもやもやが流れていく。
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