初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
『エルシーを授かったと聞かされた時に、どうせならこれから生まれる赤ん坊のために魔力を使ったらどうだと弟から言われてな。それを聞いていた弟の嫁さんが、面白がってぬいぐるみでも作ったらどうかと言ったんだ』
 それが、イグナーツが魔力を用いてぬいぐるみを作るようになったきっかけだそうだ。
 イグナーツの魔力解放の仕方は二種類あるらしい。激しくて強い魔法をどんと一気に使う方法と、繊細な魔法をちまちまと使う方法の二種類である。
 いつもは軍の施設で、魔法の指導も兼ねて威力のある魔法を使っていた。
 だが、休暇中ということもあって、その方法が使えず繊細な魔力制御を行っていたらしい。それでも魔力解放は充分ではなかった。
 今日は久しぶりの仕事であり、施設を使用するつもりであったが、仕事に忙殺されそれもできなかった。
 次第に彼の魔力は体内に留まっていく。解放せねばという気持ちだけはあるものの、その時間がとれない。
 だからオネルヴァが彼と出会ったときに、魔力に侵され苦しんでいたのだ。その状態に陥った場合は、やはり強い魔法を放ち魔力を解放する必要があるのだが、この屋敷のあの場所ではそれもできなかったとのことだった。
 オネルヴァは、もう一度ぬいぐるみを抱きしめる腕に力を込める。これは彼が初めて魔力を用いて作ったぬいぐるみだという。あまりにもくたくたしていて、義妹にも不評だったらしい。それでも、なぜかオネルヴァはこれに惹かれた。
 きっと、彼の「初めて」を感じ取ったのだろう。
 ぬいぐるみを抱きしめたまま寝返りを打つ。信じられないような話を聞いたばかりで、少しだけ興奮していた。
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