初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 ――カタ、カタッ。
「くっ……」
 物音と共に、彼の苦しむような声も聞こえてきた。この声はあそこで聞いた声と同じ、苦悶の声である。
「旦那様?」
 扉越しに声をかける。
 カタカタと物音が反応した。
「うぅっ……くっ……」
 オネルヴァは彼の部屋へと続く扉に手をかけた。こちらも鍵はかかっていない。お互いの部屋を自由に行き来できるようにと作られている部屋だからだ。
 ひんやりとした取っ手を下げて、扉を開ける。
「旦那様……?!」
 イグナーツは寝台の上で芋虫のように丸まっていた。大きな身体がこれほどまで小さくまとまるのかと感心してしまうほど。
 オネルヴァはすぐにイグナーツの側へと駆け寄った。
「旦那様、旦那様」
 必死になってイグナーツを呼ぶと、彼は震えている瞼を開けた。焦点の合わないような茶色の目が、オネルヴァを捕らえる。
「オネルヴァ、か?」
「はい、オネルヴァです。どうかされたのですか? 人を呼んできましょうか」
 ハァハァハァ……と、苦しそうな息遣いを必死で整えようとしている。
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