初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 彼は今、本当に命の危機を感じているのだ。
 では、なぜそのようになってしまったのか? 彼は「魔力が……」と言っていた。となれば、考えられる理由は一つ。
「旦那様。もしかして、魔力に侵されているのですか?」
 それ以外考えられない。病気もしたことなく健康体であると何かの拍子で彼は言っていた。だが、年には敵わないなと自嘲気味に笑っていたのを覚えている。
 イグナーツは彼女の問いに答えない。答えられないのかもしれない。
 オネルヴァは握りしめていた手を離して、寝台にあがった。そして、小さな身体で彼の大きな身体を上から抱きしめる。
「わたくしでは力になりませんか?」
 オネルヴァは、横を向いている彼の身体に覆いかぶさった。
 彼の顔を見ると、目の焦点は合っていない。唇もガクガクと震え、口の端からは涎が零れている。
 これが魔力に侵されている症状なのだ。きっと、そうにちがいない。
 オネルヴァは彼を抱きしめる腕に力を込める。
「旦那様。しっかりしてください。お願いですから、わたくしたちをおいて逝かないでください。旦那様、旦那様……」
 抱きしめながら、彼の首元に顔を埋めた。
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