初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 家族であっても、彼らはオネルヴァを助けてくれなかったのだ。その過去が頭の中を横切った。
 だが今は、出会い方はどうであれ、オネルヴァとイグナーツは家族になった。それも、夫婦という特別な家族である。
「オネルヴァ、ありがとう」
 オネルヴァの腕の中にいるイグナーツは、はっきりとした口調でそう言った。
「よかったです」
 彼の声を聞いたら、また涙が溢れてきた。
「オネルヴァ、泣かないでくれ」
「だって……旦那様がいなくなってしまったらどうしようかと、不安だったのです。だから、これは安心したからです」
「君は嬉しくても泣くし、安心しても泣くのだな」
 イグナーツの太くて力強い指が、オネルヴァの涙をぬぐった。
「すまなかった。心配をかけた」
「はい」
 消え入るような声で返事をする。
「喉が渇いたな」
 まるで何事もなかったかのように、彼は口にした。
 オネルヴァは腕を緩めて、彼を解放する。
「今、お水をご用意いたしますね」
 少し離れた場所にある丸いテーブルの上には、銀トレイの上に水差しとグラスが置かれている。
 それを手にするために、イグナーツから離れ寝台から降りようとしたところ、彼はまた苦しそうにくぐもった声をあげる。
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