初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 イグナーツは父親として、彼女を立派な淑女(レディ)に育てていると自負している面はあった。
 だが、ときどきエルシーから「お母さまってどんな人?」と聞かれると、胸の奥がズキンと痛む。
『優しくて、エルシーのことを心から愛していた。君が大きくなった姿を見せてあげたいよ』
 そう答えると、エルシーはイグナーツと同じような澄んだ茶色の瞳を、嬉しそうに綻ばせるのだ。
「いや。エルシーに母親はいる。もうこの世にはいないが、彼女の心の中にはいるんだ」
「もちろん、彼女を産んだ母親を否定する気はないよ。だがね、これから心も身体も成長するにあたり、身近に心許せる存在が必要なのではないかと、私は思っているのだが?」
 王の視線はどこか遠くを見つめている。何かの想いに耽っているのだろう。
「男と女は、身体も心も違う。エルシーが、身体で悩み始めた時に、君はその助けになれるのか?」
「侍女がいる」
「それは、使用人だろう? もちろん、彼女たちの存在を否定する気はないが、やはり使用人と家族では、エルシーだって心構えが違うだろう?」
 王の言葉が正論過ぎて、反論できない。いや、もともと反論など許されぬ話なのだ。
 それに、エルシーに母親的存在がいたほうがいいのではないかと思っているのは、イグナーツも同じだった。
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