初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
「そうですね。今朝も早く起きたのですよね。もう少し、ゆっくりしてはどうですか? それともやはり、いろいろとお忙しいのでしょうか」
 オネルヴァの言葉で、イグナーツはなんとなく彼女が思っていることを察した。
 一緒に寝たが、イグナーツが先に起きたと思っているのだ。
「あ、ああ。休み明けというのもあったからな。少々仕事がたまっていた」
 この言葉に偽りはない。毎日、目を通さなければならない書類はある。イグナーツ以外の者が確認すればいいものはそちらに回すが、どうしてもイグナーツの決裁が必要なものだってある。そういったものは、いつまでも机の上の場所をとっていた。
「まだ、お仕事は忙しいのですか?」
 そうエルシーに聞かれてしまっては、「もう、大丈夫だ」としか答えられない。
「今日は、早く帰ってきますか?」
 エルシーの目がきらきらと輝いている。こうやって帰りを待っていてくれるのは、嬉しい。そして、そのような表情を見せるエルシーが可愛い。
「ああ。できるだけ早く帰ってくるよ」
「今日は、お母さまと一緒に、ラベンダースティックを作るのです。お父さまの分も作りますね」
「ラベンダースティック?」
 イグナーツには聞き慣れない言葉だ。
「はい。本当はエルシーと匂い袋を作ろうと思っていたのですが、この時期はラベンダーが綺麗ですので。ラベンダーの香りを楽しめるように、スティックにしようと思っています」
「どういうものだ?」
 イグナーツはラベンダースティックなるものがわからない。目にしたことがあるかもしれないが、そのものがわからないのだから、わからない。
「それは……」
 どう表現したらいいのかと、オネルヴァも悩んでいる様子だった。
「できてからの、お楽しみです」
 そう答えたのはエルシーだった。



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