初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
「いや、そうか?」
 指摘されたイグナーツは、大きな右手で自分の頬をさする。
 イグナーツ自身は自覚がなかった。心の中でオネルヴァとエルシーのことを考えていただけなのだ。
「うわっ。心配しただけ損したじゃないですか。それよりも、です。それよりも」
 バンと執務席に両手をついて、ミラーンは身を乗り出してきた。
「アーシュラ王女殿下の誕生パーティーの件です」
「ああ。その件のシフト表は承認しただろう?」
 誕生パーティーとなれば、国内のいたるところからお祝いに駆けつける。そのため、東西南北の各軍から警備のために人を出す必要があるのだが、そのシフト内容を確認し、承認するまでがイグナーツの仕事であった。
「はい。その結果を各隊にも伝えてあります」
「なら、問題はないだろう?」
「それが、問題があるんですよ」
 ずずずいと顔を寄せてきたため、不本意ながらイグナーツの前にミラーンの整った顔立ちがある。二十代後半なだけあって、肌がきめ細やかでつやつやとしている。
 青色の目も金色の髪も若々しく、彼が羨ましいとさえ思う。
「キシュアス王国からラーデマケラス公爵もいらっしゃいます」
 イグナーツは、ひくりと右眉を動かした。
< 142 / 246 >

この作品をシェア

pagetop