初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
「次は、日が沈んでから屋敷を出る。それまでは休んでいなさい。俺も、少し休む」
 イグナーツが力強く手を握り返してきた。嫌がられてはいない、その事実がオネルヴァの心を軽くする。
「もし、君さえよければ……。いや、なんでもない……」
 二人並んで屋敷に入ると、パトリックが出迎えてくれた。だが、屋敷内にはエルシーの賑やかな声が響いている。
 エントランスでイグナーツと別れたオネルヴァは、すぐにヘニーを呼んで着替えを手伝ってもらう。少しでも、この締め付けから解放されたかった。
 イグナーツではないが、あのような場にほんの少しいただけで、疲れてしまった。
 頭を倒すようにして寝椅子に身体を預けていると、ヘニーが黙ってお茶の用意をすすめる。
「お疲れのようですね。身体をお揉みしましょうか?」
「ありがとう。でも、こうやってゆったりとお茶をいただけるだけで、充分です」
「では、私は控えておりますので。何かありましたら、お呼びください」
 一人になったオネルヴァは、ただぼんやりとカップを口元に運んでいた。
 時折、エルシーの楽しそうな声が微かに聞こえてくる。それがうるさいとは思わない。
 この国は、居心地がいい。人柄も穏やかな人間が多いように感じる。
 キシュアス王国にいたときとは違うとわかっていながらも、それでも変に探ってしまう。
 イグナーツと婚姻関係を結んで、四か月が経った。例え、形だけの妻であったとしても、この居場所を失いたくないとさえ思う。
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