初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
「あっ……」
 片目だけ開けたイグナーツは、ふっと鼻で笑う。
「こちらに来るか? それとも俺がそちらにいこうか?」
「あっ、あの……」
 答えられずにいると、イグナーツは立ち上がってオネルヴァの隣へと場所を移動する。さりげなく、腰に手が回される。
「そんなに緊張していては、疲れてしまうだろう。俺も気乗りしないところはあるが、まぁ……。あまり、難しく考えるな」
「は、はい……」
 夜会に出るのが緊張しているわけではない。彼と二人きりで、そのような場に出るのに気持ちが焦っているのだ。
 いつも間にはエルシーがいる。
 エルシーが、オネルヴァとイグナーツの仲を取り持ってくれていると言っても、過言ではなかった。
「昼間の雰囲気とは異なるし、君にも嫌な思いをさせるかもしれない」
 彼のその言葉が、ずしりと心に突き刺さった。

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