初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
「せっかくだから、ダンスに誘おうと思ったのだよ」
「彼女は俺のパートナーですが? 彼女を誘う前に、俺に断るのが礼儀ではありませんか?」
「側にいなかったからね。てっきり、お一人かと思ったのだよ」
「そんなわけあるはずないことを知っていての行為ですよね」
「もちろん。君が離れたのを見計らって声をかけた」
 オネルヴァはそんな二人の男を、交互に見つめていた。
「残念でしたね、陛下。俺は許可しない。どうぞ、他の方と踊ってください」
 イグナーツの手がオネルヴァの腰に回り、引き寄せる。
「ふん。なんだって、つまらないやつだな。だが、昼間も今も、面白いものを見せてもらったから、私は満足だよ。まぁ、二人で楽しんでくれたまえ」
 ニタリと意味ありげに笑った国王は場所を移動し、周囲にいた他の者たちと談笑を始めた。
「少し、外に出ないか?」
 イグナーツが耳元でささやき、オネルヴァは小さく「はい」と答える。グラスに口をつけ、少しだけ喉を潤した。
 彼の腕をとったオネルヴァは、途中で給仕にグラスを返して、バルコニーへと向かう。
 外へ出た瞬間、熱気に包まれた身体にさわやかな風がまとわりつく。
「ここから、街が一望できるんだ」
 彼に案内されながら、バルコニーの手すりへと近づいた。
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