初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 いや、何か胸騒ぎがする。トクトクトクと心臓が震えていた。そうなれば、余計に眠れない。
 窓は音を立て、人の叫び声のような風の音がより鮮明になる。
 熱い血液が、波打ちながら身体中を流れていく。
 それが風の音ではなく、本当に人の叫び声であると気がついたときには、激しい物音が階下から聞こえていた。
 慌てて掛布から顔を出す。室内は暗い。この部屋に明かりはない。
 離宮の階下には、オネルヴァの使用人という名目の見張り役が何人かいる。人の呻くような声は、その階下から届いてくるのだ。
『この部屋か?』
 部屋の扉の向こう側から、男の声といくつもの足音が聞こえてきた。
 カチャリ――。
 扉の隙間を縫うようにして入り込む一筋の光が次第に大きくなる。だが、扉を開けたのは誰であるか、まだわからない。まるでその人物に後光が差しているようにも見えた。
 できるだけ冷静さを保つように、きゅっと拳を握りしめる。
「オネルヴァ・イドリアーナ・クレルー・キシュアス第二王女」
 名を呼ばれたため、オネルヴァは寝台の上で身体を起こした。今、彼女の名を口にした男の声はよく知っている。
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