初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 灰色の雲がうっすらと空に広がっていた。どこか不安な心を映し出すかのような空である。
「では閣下。奥様とお嬢様をお預かりします」
 ミラーンが楽しそうに目尻を下げて口にすると、イグナーツの目尻は逆につり上がっていく。
「頼んだぞ?」
「その顔は頼むとは言っておりませんよね?」
 イグナーツから幾度となくミラーンの愚痴を聞かされていたオネルヴァは、そんな二人の様子を微笑ましく見守っている。イグナーツは文句を言いながらも、彼を信頼している。そういった二人の関係が羨ましい。
「では、エルシー。馬車に乗りましょう」
「オネルヴァ、手を」
 イグナーツの手を取り、馬車へと乗り込む。
「それでは、閣下。これには私が同乗しますので、ご安心ください」
「安心できない。やっぱり俺がいくから、お前が公爵の相手をしろ」
「ここにきて、そういうことを言うのはやめましょうよぉ」
 ツンツンとオネルヴァは袖を引っ張られた。隣に座ったエルシーだ。
「お母さま。お父さまとミラーンさんが喧嘩しています」
 二人の言い合いが、エルシーには喧嘩をしているように見えたようだ。
「旦那様とミラーンさんは喧嘩をしているわけではないのですよ。二人でじゃれ合っているだけです。でも、ほら、仲がよいほど喧嘩もすると、絵本にも書いてありましたでしょう? だからお二人は仲良しなのです」
「では、お母さまとお父さまも喧嘩をするのですか?」
 真面目な顔でそう問われると、また返答に困る。
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