初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
「そういうときもありますね」
 そんな会話をにこやかに聞いているのは、二人の前に座っているヘニーである。
 この馬車は、オネルヴァがこちらへ来た時よりも小さく簡素なものであった。
「お待たせしまして、申し訳ありません」
 なんとかイグナーツの説得に成功したのか、やれやれといった様子でミラーンが乗り込んできた。
「エルシー。オネルヴァを頼む」
 ミラーンの後ろから、イグナーツが顔だけ出してそう一言伝えると、エルシーは満面の笑みを浮かべた。
 イグナーツに見送られて馬車は動き出す。エルシーは窓から身を乗り出して、手を振っていた。あまりにも身体を出すものだから、窓から落ちるのではないかとオネルヴァはひやひやしながら、彼女の身体を支えていた。
「ちょっと乗り心地の悪い馬車で申し訳ありません」
 キシュアス王国からやって来たときよりも、小さな馬車であるのはオネルヴァも気がついた。
「今回の件は、キシュアスが絡んでいるため、あまり派手には動けないのです。奥様がこちらに来られたときと状況も異なっておりますから」
 ミラーンの言わんとしていることをなんとなく察する。
 オネルヴァは一部からは人質のようなものと今でも思われている。そこにアルヴィドが現れ、彼が北の領地を見学するためにオネルヴァまで動いたとなれば、と深く考える者もいるだろう。オネルヴァとアルヴィドでは立場が異なり、ここにいる意味も異なるのだ。
「ですが、護衛はきちんとついております。目立たぬように、少し離れた場所についておりますので」
「ありがとうございます」
 さまざまな人の気遣いに、つんと胸が痛んだ。
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