初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 パタパタと廊下を駆けるような足音と、それを追いかける足音の二つが聞こえてきた。その足音は、オネルヴァの部屋の前で止まったようだ。
 コンコンコンコン――。
 そのノック音は、少しだけ弱弱しく聞こえる。
「エルシーです。お母さま、お食事のお迎えにきました」
「エルシーお嬢様。リサも困っております。嬉しいのはわかりますが、走らないでください」
 リサとは、エルシー付きの侍女である。
「だって。お母さまに早く会いたくて」
 ヘニーの後ろから、エルシーがひょこっと顔を出した。
「お母さま、準備は終わりましたか?」
 エルシーもオネルヴァと同じような勿忘草色のドレスであった。袖口には、白いレースのフリルがついていて、彼女の可愛らしさと合っている。
「お母さまと同じドレスです」
 裾を持ち上げて、エルシーがドレスを見せつけた。その仕草が愛らしく、オネルヴァからも笑みが零れた。
「ねえ、ヘニー。お母さまと一緒に食堂へ行ってもいいでしょう? エルシーがお迎えにきたのだから」
 小さな身体で、力強くヘニーを見上げている。
「仕方ありませんね」
 ヘニーも腰に両手を当て、呆れたように呟いたが、それは本心ではないのだろう。目尻が優しく下がっていた。
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