初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
「お母さま……。なぜ、泣いているのですか? エルシー、悪い子ですか?」
 そう指摘され、オネルヴァは自分が涙を流していることに気がついた。
 慌てて、頬を濡らす涙を拭う。側にいるヘニーとリサも慌てる。
「何事だ」
 カツカツと響く足音を立ててやってきたのは、イグナーツである。
 ヘニーとリサは、さっと身を引いた。
「お父さま」
「何があった?」
 エルシーはオネルヴァの手を離し、イグナーツの足にひしっとしがみつく。
 彼は娘の肩に優しく手を回しながらも、オネルヴァの顔を覗き込んできた。
「いえ……。なんでもありません」
「なんでもなくても、君は泣くのか? エルシーが、何かしたのか?」
「申し訳、ありません。エルシーは悪くありません。すべては、わたくしが悪いのです」
 イグナーツは困って娘を見下ろす。エルシーも父親を見上げるが、首を横に振る。
「あなたもここに来たばかりで疲れているだろう。食事も部屋に運ばせるから、部屋に戻りなさい」
「いえ。大丈夫です」
「大丈夫という顔をしていないから、そう言っている。大丈夫だと言うのであれば、泣いた理由を話しなさい。そうでなければ、ここにいる皆が納得しない」
 オネルヴァは涙が止まるように、唇を引き締めた。不覚にも泣いてしまったことで、この場にいるたくさんの人に迷惑をかけている。
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