初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 案内された食堂には、翡翠色のテーブルクロスがかけてあるダイニングテーブルが真ん中に置いてあり、その周りに赤銅色の椅子が並べられている。天井も高く、解放感に溢れている。
 イグナーツがさっと椅子を引いた。オネルヴァは驚いて彼を見上げるが、どうやらそこに座れという合図のようだ。彼からこのようなエスコートをされると思っていなかっただけに、驚きと嬉しさが心の中で交じり合う。オネルヴァの席はエルシーの隣である。
「お父さま。エルシーも」
 どうやらエルシーもイグナーツのエスコートを望んでいるらしい。微笑ましいその姿に、つい目を奪われてしまう。仲睦まじい父娘の関係に、オネルヴァの入る余地はあるのか。いや、この関係に自分が入ってしまっていいのだろうか。
 イグナーツは、オネルヴァの右隣り、九十度の位置に座った。
 オネルヴァがテーブルの上のナプキンを取り膝の上にかけると、エルシーが真似をする。
 その仕草も可愛らしいのだが、オネルヴァは何か言いたそうに長く彼女を見つめていた。
「言いたいことがあるなら、きちんと言葉にしなさい」
 イグナーツの言葉に、オネルヴァは身体を震わせる。
「あ、あの……」
 なぜか身体に力が入ってしまう。何か言葉にすると、打たれるのではないかと身体が覚えているのだ。
 イグナーツは怪訝そうに目を細めた。
「もしかして。エルシーのことか?」
「あ、はい……。ナプキンのかけ方が気になりましたので……」
 彼女の言葉の最後は、消え入るようだった。
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