初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 イグナーツは、眉間に皺を寄せる。
「君さえよければ、エルシーにそういったマナーを教えてもらえないだろうか?」
 思いがけない提案に、オネルヴァははっと顔をあげる。
「俺たちだけでは、どうしても甘やかしてしまってな。家庭教師をつけてはいるのだが……」
 言いにくそうにしているところから察するに、家庭教師との相性がいいとは言えないのだろう。
「君がこうやって食事のときに指導してくれたほうが、エルシーも言うことを聞きそうだ」
 彼の口元が綻んでいるが、視線の先はエルシーを捕えている。
 オネルヴァも左隣にいる彼女に顔を向けた。目が合う。茶色の大きな目が、オネルヴァをまっすぐに見上げている。その目尻が和らいだ。
「エルシーも、お母さまに教えてもらいたいです。先生は、怖いです」
 しゅんとするエルシーの姿を目にすると、その言葉は偽りのない本心にちがいない。
「わたくしでよければ……」
 ほぼ幽閉状態で過ごしてきたオネルヴァであるが、マナーは厳しくし躾けられている。だからこそ、エルシーの怖い気持ちがなんとなくわかった。
 ぱっとエルシーの顔が輝いた。それを見たイグナーツも微笑んでいる。
 ほわっと周囲の空気が温かくなったような気がした。
 それが合図になったかのように、食事が運ばれてくる。
 エルシーはたどたどしいながらも、ナイフとフォークを動かしている。
「エルシー。こちらの手は動かさずに、添えるだけにするといいですよ」
 オネルヴァがそっと告げると、エルシーも言葉に素直に従う。その様子を、イグナーツが目を細めて見つめている。
 なぜかオネルヴァは居たたまれない気持ちになった。
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