初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 外から、華やかな声が聞こえてきた。
 書類から顔をあげたイグナーツは、左手の親指と人差し指で目頭を押さえる。そろそろ眼鏡を作るべきだろうとは考えているのだが、それもなかなか行動に移せない。
 眼鏡をかけた途端「とうとう老眼か」と言われるのを危惧しているのだ。
 執務席から音もなく立ち上がると、絨毯を踏みしめて窓際へと近づく。
 二階にある執務室から外を見渡すと、下に広がる庭園が見えた。
 庭園には庭師が丹精を込めて世話をしている、色とりどりの花が咲いている。
 イグナーツはあまり花を愛でないが、オネルヴァは日傘をさして散歩している。彼女の隣にはエルシーもおり、二人の手はしっかりと繋がれているのだ。
 執務室にこもって書類とじっと睨み合っているイグナーツであるが、外から声が聞こえると、こうやって窓から庭を見下ろす。
 タッセルで束ねたカーテンに隠れるようにして、レースのカーテンの隙間から覗く。
 今日も二人は、似たような色合いのドレスを着ている。どうやらエルシーがオネルヴァのドレスに合わせるらしい。遠目から見れば、仲のよい母娘(おやこ)に見える。いや、紙面上は母娘である。
 エルシーが彼女にあれほどなつくとは、イグナーツにとっても予想外だった。
 やはりエルシーは母親を望んでいたのだろうか。
 イグナーツの動揺が伝わったかのようにカーテンが揺れた。
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