初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 エルシーの言う通り、イグナーツは甘いお菓子などが苦手である。だが、自分の知らないところで、オネルヴァが菓子を作り振舞っていた事実に、心の奥底でもやっとした感情の炎がくすぶっていた。
「だが……。人参のケーキなのだろう? それでも甘いのか?」
「そうですね。ケーキ自体は人参の甘みくらいです。クリームやジャムをつけて食べたほうが、食べやすいと思います」
 オネルヴァの答えを聞いたイグナーツは、じろりとエルシーに視線を向けた。
 彼女は「あっ」という表情をして、何事もなかったかのようにナイフを動かしている。
 こほん、とイグナーツは咳払いをした。
「そうやって、エルシーが苦手な野菜を食べられるようになるのは、喜ばしいことだ。できれば、これからもそのように野菜を食べられるように指導してもらえないだろうか」
 イグナーツ一人では手や考えが回らないところは多々ある。使用人に任せている部分もあるが、やはり母親と使用人では立場も違うのだろう。憎たらしいと思っていた国王の言葉が、今になって身に染みた。
「エルシー」
 名を呼ばれたエルシーは、ぴくっと身体を震わせた。
「人参が食べられるようになったのだろう? だが今は、皿の隅のほうに分けているように見えるが?」
「あ、あとで、食べようと思ったのです」
 むっと唇を尖らせる様子は可愛いが、イグナーツが指摘しなかったらそのまま皿の脇に残していたにちがいない。
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