初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
夫41歳、妻22歳、娘6歳
 いつ来てもこの場所は居心地が悪い。それは部屋の雰囲気が悪いのではなく、間違いなく目の前にいる人物が原因である。
 深みのある茶色を基調とした落ち着いた雰囲気の窓のない部屋。彼はこの場所を幾度となく訪れている。
 それはイグナーツがゼセール王国軍の将軍と呼ばれる立場にあるからだ。彼は王国軍の北軍を指揮していることから、北の将軍と呼ばれるときもある。
 落ち着かない様子を誤魔化すために、目の前のカップに手を伸ばした。
「イグナーツ・プレンバリよ」
 カップ越しに名を呼んだ人物に視線を向ける。
 イグナーツよりも三歳ほど年上の男は、朗らかな笑みを浮かべており、その年齢を感じさせない。金色に輝く髪にも艶があり、張りのある肌には皺ひとつない。
「結婚してくれ」
 イグナーツは、飲み込もうとしていたお茶を、ぶふぉっと思いっきり噴き出した。
 側に控えていた侍従がすぐさま駆け寄り、彼の粗相を無表情で片づける。
「なにも、私と結婚してほしいと言っているわけではないぞ?」
 目の前の男――ゼセール王は、目を細めてははっと笑っている。
 イグナーツは侍従から受け取った手巾で鼻と口元を覆った。その二つから、何かが出た。
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