きみと夜を越える
奏音と別れた私は駅まで歩いて電車を待った。


さぁ今日はなにをしようか。


この後の予定を考えながら


おもむろにSNSを開いては、


対面した現実に頭を抱える。


そこには、同級生の日常が広がっていた。


輝いていた。


付き合って何ヶ月だとかデート中の写真だとか。


次へ次へと行っても、


その光景が絶えることはなかった。


それを見て羨ましく思っていたけれど、


直後、考えるのをやめた。


これ以上人の幸せに触れていると


必要以上に私が不幸な人間だと


思ってしまいそうだったから。


なんとなく大学に通っては


将来役に立つかどうかもわからない講義に


頭を悩ませる。


提出物に追われながら


手を抜くという選択肢のない自分に嫌気がさす。


はぁ、なんで私は生きづらい世の中を


さらに生きづらくしてしまったのだろうか。


んなこと、私が1番わかっているはずだけれど、


他人事のように言ってみた。


なんせ、考えたくないこと、だったから。








それから、電車に1時間揺られて帰宅した。


家に着いても灯りは消えたまま。


いつものことだから、慣れてはいるけれど。


父、母、私の3人で暮らしている家は、


人を呼ぶにはあまりにも古くて汚い。


床からは毎日甲高い悲鳴が聞こえてくるし、


雨漏りしたこともあったっけ。


そんな家だけれど、恵まれているとは思う。


暮らせる家があるだけで。


ただそれだけで。





「ただいま」


返ってくるはずのない言葉を口にした後、


迷うことなく自室に直行した。


私が唯一休めるその場所は、


入るや否や私を温かく迎えてくれた。


凹凸の少ない繊維質のような純白の壁、


壁に合うように張り替えた床。


手が込んだ分、私の人生を彩った。


次の瞬間、ベッドにダイブすると、


今日1日の出来事が脳内を駆け回る。


反射的に起こる思考回路は止まることなく


速度を上げた。


そして、場面ごとに長さを変えながら


私に今日を再体験させる。


きっと明日が来るまでこの思考は続いていく。


それに頭を抱えながら、


目を瞑ろうとしたときだった。


それを止めたのは一通のメールだった。


受信音を聞くや否や


鼓動が早くなるのを感じた。


わけのわからない予感がした。


《人違いだと思われます。私は20歳でなく、60のおばあちゃんです》


それは、小春に宛てたメールの返信だった。


これが小春の連絡先ではない、?


どういうこと、?


正直信じられなかったけれど


小春はこんな悪戯をする人ではないので


確認をする前に「人違いでした。


申し訳ありません」とだけ送っておいた。


でも確かに、小春だった。


間違えたと思われる連絡先は電話帳には


ちゃんと、"千田小春"で登録してある。


それに、昨年の誕生日を祝った時は、


「ありがとう」と返ってきていた。


それじゃあ、なんで?






私が謎を解く前に、


ちょうど帰宅した母が答えを知っていた。


「千田さんなら高校生の時に自殺してたと思うけど」


自殺?なにそれ……


「あれ、言わなかったっけ?ハガキが来てたと思うよ」


ハガキ?


なにそれ。


そんなの見てないよ。


嘘だ。


嘘に決まってる。


小春は生きてる。


高校生で自殺っていつのこと?


もしかしたら去年の返信は既に


送り主が小春じゃなかったってこと?


誰かが私に合わせてくれてたってこと?


「ほら、やっぱり。ニュースにもなってる」


動揺する私に母がスマホの写真を見せた。


それは信憑性の高い会社が出した


ネットニュースのスクリーンショットだった。





その見出しには、『高校で首吊り自殺、女子高生死亡』と書かれている。


本文には、千田小春との名前の表記もあった。


死因は窒息死。


抵抗した傷などはなく、自殺と断定。








そんなことが書いてあった。


嘘だ。


咄嗟に、この画像が全部フェイクだと思った。


けれど、クオリティからはフェイクだと思えなかった。


現場となった学校周辺の騒然とした写真。


小春のクラスメイトのインタビュー記事。


嘘であれと思うものの、


記事で現実を突きつけられて、


信じるしかなかった。


「そうだ、惣菜買ってきたから


そろそろご飯にするわよ」


思い出したように言った母に、


小さく頷いて立ち上がる。


小春のことでいっぱいの私には


食事も二の次だったけど、


母を私の感情で振り回したくなかった。


「そんなに気になるならお線香あげてきたら?」


母は私を気遣ってそう言いながらコロッケを頬張った。


今度、時間があるときにでも


小春の家に行ってみようと思う。


小春のお母さんには


嫌がられるかもしれないけど


今を逃せば 


私の人生が小春と交わることは


一生ないと思うから。
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