きみと夜を越える
週末、私は小春の家を訪ねていた。


おばさんの後ろをついていくと


真っ先にリビングに通された。


棚の上には千田家の家族写真が、


部屋いっぱいに飾られている。


そのうちのひとつ、


貝殻で装飾されたフレームを見て


中学の美術の時間を思い出した。


なんだかふわふわした。


信じられなかった。


小春はまだどこかで


生きているような気がした。


リビングの隣の畳の部屋で、


仏壇に手を合わせる。


向き合わざるを得なかった遺影の小春は


小春が生前私に見せなかった微笑みを



浮かべていた。


爽やかで、


どこか切ない表情が見え隠れしている。


それでも、小春は小春だった。








「ごめんね、こんなものしかないんだけど」


お参りを終えてリビングに戻った私に


おばさんがお茶を用意してくれた。


それには、すみません、と頭を下げて


ゆっくりと口を付けた。


そんな私に、


「来てくれてありがとう」


とおばさんが快く迎え入れてくれた。


「小春は自分のことを喋りたがらない子でね、


けど、綾ちゃんのことは沢山話してくれたの」


嬉しかった。


小春にとっての私の存在が、


誰かに話したくなる人でいられて。


「小春と生きてくれてありがとう」


おばさんのその言葉に感情が溢れ出した。


小春の死は嘘じゃない、現実なんだ。


そう気づくまでには数秒も要さなかった。


「私は何も……」


「ううん、そんなことないの」


優しく包み込むようなおばさんの表情も声も


今にも感情が溢れだしてしまいそうだった。



「これ、小春の遺書なの」


おばさんが手渡したのは純白の封筒だった。


そこには、"綾へ"とだけが書かれている。


私はそれを受け取って、


見ることなく鞄に入れた。


それからしばらくして、


「またいつでも来てね」


と、おばさんは泣き出しそうな私を


家に帰るように促した。


帰って、ゆっくり手紙を読もう。


そう思った。
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