Far away ~いつまでも、君を・・・~
「先ほど、説明させていただいたように、こちらではお一人1射となります。所作をはしょったりする必要はもちろんありませんが、終了後はすみやかにご退場ください。それでは彩先輩からお願いします。」


尚輝が73期主将の彩を指名し、彩はその声に応えるように彼を見る。一瞬視線が合った2人だが、すぐに彩は審判員である尚輝に対して一礼して、的の前に立った。


(彩先輩・・・か。)


まだまだ少年だった高校生の頃の面影はなく、教師、顧問としての風格すら感じさせられていた尚輝から昔のようにそう呼ばれた彩は、なにかくすぐったいような、でも少し嬉しいような不思議な気持ちになっていた。


がひとたび、弓を構えた瞬間に、ここでひたむきに練習に励んでいた頃の気持ちが甦って来る。


(この場所で、尚輝の前で、無様な姿は見せられない。)


彩の表情が変わったのを、尚輝は敏感に察していた。


(やっぱり、きれいだな。)


そんなことを思いながら、彩の所作を見守る。やがて射たれた矢は、まっすぐに吸い込まれるように、的の中央に的中する。


「的中。」


審判として、そう声を上げた尚輝に、丁寧に一礼すると、彩は退場して行く。


(彩先輩は、やっぱり彩先輩のままだ。)


後ろ姿を見送りながら、尚輝はフッと息をついていた。


試合を終えた出席者たちは、着替えを済ますと順次、このあとの懇親会の会場であるホテルに移動。全員が揃ったところで、まずは先程の試合の表彰式で大いに盛り上がった後は、乾杯を経て会食と歓談へ。


「相変わらず、料理はいいね。」


「ホテリエの目から見ても合格?」


「うん。でも遥の結婚式の方がもっといい。立食のビュッフェスタイルの料理と披露宴の料理を比較するのもなんだけど、それにしても私の友だちってことで、ウチのコック長、やたら気合が入ってるから。」


「へぇ、そうなんだ。そりゃありがたいな。」


なんて話を、彩たちが町田を交えてしていると


「そうか、もうすぐだもんね。」


と周囲にいた同期生や先輩たちが話に加わってくる。


「先輩たちも含めて、一緒にやった仲間では遥と町田くんが結婚第一号になるね。」


「そうだね。斗真先輩と由理佳さんが先かと思ってたけど。」


「そう言えば、今日はあの2人どうしたんだろ?」


と彩は周囲に問う。


「2人とも都合がつかなくて欠席だって。珍しいよね。」


「そうなんですか。」


由理佳の同期生の言葉に、彩は少し寂しそうな表情になった。
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