Far away ~いつまでも、君を・・・~
その後、千夏は試合が全て終わっても、更衣室から出て来なかった。彼女の同期生たちが、いくら声を掛けても、頭からタオルをかぶって、一言も返事をしないという。


「先生、どうしましょうか?」


困り果てて、指示を仰ぐ生徒たちに


「試合も終わってしまって、いつまでもここにいるわけにはいかない。なんとかして、外へ連れ出してくれ。」


指示する尚輝の声も、困惑しきっていた。他校の生徒たちは、続々と引き上げて行き、会場の撤収時間も近付いている。時計を睨んでいた尚輝は、やむを得ず、他に誰もいないことを確認させ、許可を取り、女子更衣室に入った。


ドアを開くと、生徒たちからの報告通りに、千夏がタオルをかぶり、俯くように肩を震わせて座っている。その姿が痛々しくて、一瞬息を呑んだが


「葉山。」


と尚輝は優しく呼び掛ける。ここでは響くはずのないその声に、千夏は一瞬、ピクリと肩を動かしたが、顔を上げようとはしなかった。そんな彼女に近付くと


「お疲れさん。そろそろ帰ろう。」


そう言って、尚輝は千夏の肩に手を置いた。その感触に、またしてもピクリと肩を震わせたあと


「叱らないんですか?」


こもった声で千夏は聞く。


「葉山?」


「あんな自信ありげにしてたのに、この体たらくはなんだって、私を叱らないんですか?」


潤んだ声で尋ねる千夏に


「不真面目にやってたんならともかく、精一杯、努力した結果だ。叱る訳ないだろう。」


尚輝は肩に手を置いたまま答える。


「だから、胸張って帰ろう。お前の競技生活はまだ終わったわけじゃない。また次にチャレンジすればいい。」


その言葉を聞いた瞬間、千夏はタオルを払いのけ、立ち上がると、泣きはらした顔で、尚輝を見た。


「葉山。」


「先生、ごめんなさい!」


そう言うや、千夏は尚輝の胸に飛び込んで来る。


「ごめんなさい、ごめんなさい・・・。」


泣きじゃくりながら、まるで大罪でも犯したかのように、そう繰り返す千夏を、尚輝は抱きしめる。


(この子は、迫りくる不安とプレッシャ-に押し潰されまいと、懸命に虚勢を張り、平静を装ってたんだ。それに全く気付いてやれなかった俺は、教師として、顧問として、あまりに未熟過ぎた・・・葉山、すまん・・・。)


そう心の中で詫びる尚輝の千夏を抱きしめる腕は入る力は、自分でも気が付かないうちに強くなって行った。
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