Far away ~いつまでも、君を・・・~
千夏たちが着換えて、弓道場に入ると、「尚輝っち」は予想通り、彼女たちを待ち構えていた。


「葉山、もう大丈夫か?」


「はい。先生、ご心配とご迷惑をお掛けして、すみませんでした。」


「よし、じゃ準備運動をして始めよう。」


尚輝の言葉に、部員たちは動き出す。


千夏の復帰で、ここしばらくの道場の重苦しい空気は、払拭された。やはり、千夏の存在は部の中では大きいのだ。


準備が終わり、部員たちは順次、練習を開始する。やがて千夏の順番となり、的前に立った彼女は1つ息をすると、ゆっくりと所作に入った。


それはいつもの千夏の立ち振る舞い。弓を構え、弦を弾き絞り、そしていよいよその手を離す・・・はずなのに、彼女の手は止まったまま。少しすると、弦を引く千夏の手は緩み、弓を下ろしてしまう。


(葉山・・・。)


その意外な行動に、尚輝が息を呑んでいると、再び千夏が動き出す。しかし、弦を離すことなく、弓を下ろす。その仕草を何度か繰り返した千夏はついに


「ごめん、先にやって。」


と次の順番の部員に声を掛けると


「ちょっと失礼します。」


と尚輝に声を掛けると、弓を置き、道場を出て行ってしまう。一瞬、唖然とした尚輝は、次に慌てて千夏を追った。


「葉山!」


足早に歩き去ろうとする千夏を呼び止め、駆け寄る尚輝。


「どうしたんだ?」


彼女を振り向かせ、尋ねる尚輝に


「射てません。」


目に涙を溜めて、そう答える千夏を凝然と、尚輝は見る。


「どうしても・・・射てません。怖くて・・・また外すんじゃないって思って・・・今は弓を持ちたくないんです!」


訴えるようにそう言う千夏の顔を、尚輝は少し見ていたが


「わかった、なら無理をする必要はない。射たい、今なら射てると思ったら、言って来い。それまで道場で、みんなの練習を見学してろ。」


「えっ?」


「道場に居ろ。お前は主将なんだ、自分が出来なくても、部員たちの練習を見守る義務がある。」


厳しい口調で、そう言った。


「・・・わかりました。」


尚輝の勢いに飲まれたかのように、千夏は頷いた。
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