Far away ~いつまでも、君を・・・~
「暮れの30日から、こっちに帰って来て、今日向こうに戻るんだけど、なんか急に弓、引きたくなっちゃって。尚輝、じゃなくて、1年後輩で昔からそう呼んでるからつい・・・二階先生に無理言っちゃった。」


「仲いいんですね、お2人。」


「そうかな、卒業してから、昨年のOB・OG会まで、全然会ったことなかったんだけどね。」


そう言って笑った彩は


「彼に付き合ってもらおうかと思ったんだけど、ふと葉山さんの顔が浮かんで。」


と続けた。


「なんで私のことを?」


「ウ~ン、葉山さんもそろそろ弓、引きたくなってる頃じゃないかと思って。」


「廣瀬先輩・・・。」


彩の言葉に、驚いたような表情になる千夏に


「固いなぁ。」


「えっ?」


「呼び方が。」


彩はそう言って、千夏の顔を見る。


「彩でいいよ。先輩も付けなくていい、それだとアイツと同じ呼ばれ方になっちゃうから。」


と言って彩は笑う。


「その代わり、私も千夏ちゃんって呼ばせてもらう。いいでしょ?」


「はい。」


千夏は頷く。


準備運動をこなし、弓を手にした2人。


「8月以来だな。」


そう言って、まずは彩が的前に立つ。相変わらずの美しい所作から、射たれた矢は、吸い込まれるかのように、的中する。


続いて千夏。的前に立ち、一瞬躊躇った様子を見せたものの、すぐに所作に入ると、弦を離す。そしてやはり的中、不安そうだった表情がパッと明るくなる。


「さすがだね。」


「ありがとうございます。」


そんな言葉を交わしたあと、しばらくは交互に射っていたが、やがて


「勝負しようか?」


彩が言い出した。


「えっ?」


「5射ずつ交互に射って、当たり前だけど、的中数の多い方が勝ち。どう?」


そう言って、自分を見た彩に


「よろしくお願いします。」


千夏は頷いた。


じゃんけんの結果、先攻は千夏に決まり、試合はスタ-ト。改めて的前に立った千夏の目が、一段と鋭くなったのを、彩は見逃さなかった。そして1射目を当然のように的中させる千夏。


そのあと、彩も的中。その後も両者譲らず、互角のまま5射目。慎重な所作から、的中させた千夏の後、彩が構えに入る。そして放たれた矢は・・・わずかに的を外れた。その瞬間、彩の全身の力が抜け、苦笑いを浮かべながら、千夏を振り返った。


「ありがとうございました。」


一礼する千夏に


「年取ったな、私も。」


と自嘲気味に呟く彩。


「最後は外せないというプレッシャ-と、正直ちょっと疲れちゃって、集中力を欠いちゃった。やっぱり現役選手には敵わないな。」


「彩さん、すみません。私、実はもう現役じゃ・・・。」


その言葉に申し訳なさそう千夏は言う。だが


「それ、本心で言ってる?」


という彩の言葉に、千夏は思わず俯く。


「のど乾いたね、なんか飲もう。」


その千夏の仕種を見て、彩は笑顔でそう言った。
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