Far away ~いつまでも、君を・・・~

中間考査が終わると、颯天高弓道部の練習は、一段と熱を帯びて来た。


高校弓道部にとって、最大目標と言っても過言ではない夏のインターハイの予選会が、迫って来たからだ。


インターハイは多くの高校スポーツ部にとって、1年の集大成であり、また3年生にとっては、青春の1ページに1つの区切りを付ける時となる。


かつて、自身もそれを体験し、また今、指導者として、教え子たちとその時を共有することになった尚輝。


部内の選手選考も終わり、ラストスパートに入った、その日の練習を見届けた尚輝は、校内花壇に回って、昼間時間が取れずに後回しにしていた水やりを行う。


(もうすぐだなぁ。)


今はアジサイの花の鮮やかな色どりが、尚輝の目に飛び込んで来る。梅雨の合間の晴れ間、この時期に、こうしてここにいると、ふと甘酸っぱくも切ない思いが甦って来る。


「先生。」


そんな尚輝の感慨を打ち破るかのように声がする。振り返るまでもなく、この声の主が分かった尚輝は


「お疲れ、葉山。」


と笑顔で声を掛ける。


「お疲れ様です。」


千夏の方も笑顔で、尚輝の横に並んだ。


「帰らなかったのか?」


「うん、尚輝っちがここにいると思ったから。」


「おい、尚輝っちは面と向かっては、もうよせって言っただろう。」


「いいじゃん、他に誰もいないんだから。」


「誰もいないから、余計よくないんだろ。」


たしなめられて、でも千夏の方はエヘヘといった風情で、あまり堪えていない。


そう言えば、あの正月の出来事以来、こうして一対一で話す時は、千夏は敬語を全く使わなくなった。今どきの女子高生らしいのかもしれないが、目上目下のケジメにうるさい尚輝が、それに文句を付けないのは、やはり千夏には少し特別な感情があるからかもしれない。


「聞きたかったんだ。」


「何を?」


「今日の私の練習、どうだった?」


「ああ、よかったぞ。」


「本当?」


「本当だよ。今更、お前に嘘をついても仕方ないだろう。」


主将であり、また自ら優勝宣言までしている千夏の、このところの練習中の集中力はやはり素晴らしいものがあると、尚輝は素直に感心していた。


「よかった。厳しくやるぞって言われたのに、尚輝っち、このところなんにも言ってくれないから、ちょっと不安になった。」


「何も言わないのは、今の葉山に俺が言うことが何もないからだよ。」


ややふくれっ面で言った千夏に、尚輝はそう答えて笑った。
< 193 / 353 >

この作品をシェア

pagetop