Far away ~いつまでも、君を・・・~
「本日はありがとうございました。またお待ちしております。」


打ち合わせを終えたカップルを、エントランスまで見送りに出た彩はそう言って、恭しく頭を下げた。


10月も後半に入り、ホテルベイサイドシティブライダル課の週末は、いよいよ多忙を極めていた。ある者は挙行される式の陣頭指揮に立ち、ある者は挙式予定者との打ち合わせに、ある者は新規問い合わせのお客の対応に当たる。


席も温まる暇もないまま、そんな表現がまさにぴったりの状況で、みんなが動き回っていた。


そして、この日の最後の打ち合わせを終え、オフィスに戻って来た彩に


「お疲れ様でした。」


と声を掛けて来たのは、松下美由紀だった。


「松下さん、まだいらしたんですか?」


彩は驚いた。契約社員で短時間勤務の松下の退勤時間は、とっくに過ぎているはずだからだ。


「打ち合わせが長引いちゃって。それにこの状況を見て、定時で『失礼します』とはなかなか言い出せませんよね。」


その松下の言葉を聞いて


「なにかすみません。」


彩は思わず頭を下げる。


「廣瀬さんが頭を下げることじゃありませんよ。課長も一応、早く上がるようにとは言ってくれますし、あくまで私の自己判断でやってることですから。」


「一応」という言葉に含みを彩は感じざるを得なかったが


「それに確かに契約は契約ですけど、土日はそんな杓子定規には、そのうちいかなくなるんだろうなとは覚悟はしてましたからね。」


松下は淡々としている。


「でもお子さん、まだ小学生でしたよね。お母さんが土曜日日曜日にいないんじゃ、寂しがりませんか?」


「働きに出ると決めた時、正直それが心配だったんですが、でも男の子なんで、一緒に遊んでくれる父親がいれば、口うるさい母親なんて、どうでもいいみたいです。それにウチの旦那、こっちが悔しくなるくらい料理上手なんで、そういう意味でも、間に合ってるみたいで。」


そう言って、今度は苦笑いの松下。


「でもさすがにそろそろ帰ります。子供ももちろんですけど、旦那が恋しくなってきましたから。」


冗談めかしてそう言うと、松下は立ち上がった。
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