Far away ~いつまでも、君を・・・~
松下が退社した後、しばらくデスクワ-クに勤しんでいた彩が、ふと顔を上げ、周囲を見渡すと、ほとんどの同僚が、まだ当たり前のように仕事をしている。時計の針は既に19時を過ぎていたが、接客が続いていて、席に不在のプランナ-も、式が延びて、ようやく後片付けに入れたプランナ-もいる。


そんな慌ただしいオフィスの様子を眺めながら、


(なんか雰囲気変わっちゃったな、ウチは・・・。)


彩はそんな思いにとらわれていた。


人員不足の影響等で、成績を落としてしまった上期の数字を挽回しようと、課長は躍起になっている。その課長の姿勢は、当然部下たちに影響を及ぼさないはずはなく、オフィスの空気が徐々にギスギスしたものになってしまって来ていることは、彩の目にも明らかだった。


もちろん彩はボランティアでプランナ-をしているわけではない。これはビジネスであり、利潤を上げない限り、ホテルもブライダル課も存続し得ないことは、彩も当然理解している。


だが、その目的の為に、強引な営業に走り、お客様に寄り添うことを忘れてしまうのはあまりにも本末転倒なことではないかと彩は思う。


「即決してもらえれば、それは私たちにとってベストだけど、逆に考えてごらん。何百万って買い物をさ、即決してって言われて、すぐに返事出来る?そんなお金持ちがどれだけいるのよって話だよね。」


と言っていたのは、チ-フプランナ-時代の課長自身だった。


「見積もり安く見せるのなんて簡単。本当に最低限のものだけ入れて、衣装も花も最低ランクにして、どうですって?あとからオプションでどんどんいろんなものがかさんで行くんだけどね。だから私は、高く見えても、逆に入れるべきものはキチンと全部入れて、ここからはもうほとんど価格上がりませんよっていうものを出すようにしてる。時間は掛かるかもしれないけど、その方が結局最後は成約につながると思うから。」


と彼女に教えられて、以来、彩はその言葉を実践してきたつもりだ。その人が今や


「とにかくまずは仮押さえだけは何とかしてもらって。そうしたら、最悪キャンセルになっても予約金はそのまま入って来る。それだって貴重な売り上げよ。」


なんて真顔で言って来るから、彩は二の句が継げなくなってしまう。
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