Far away ~いつまでも、君を・・・~
そんな課長の変節とも言える言動に、迎合と言うか、我が意を得たりとばかりの反応をしたのが、相川静だった。


もともと自分の教育担当だった彩のプランナ-としての姿勢に、飽き足らない物を感じていた静は、課長の抜擢とも言える判断で、入社4ヶ月で独り立ちすると、新人とは思えない強引な接客、営業を繰り広げ始めた。


「今日、即決していただければ、ここまで割引をさせていただきます。いかがですか?」


そんな言葉を静が発してるのを聞いた時には、彩は正直耳を疑った。


これは「即決割引」という手法で、お客には大変耳障りのよいものである。特にベテランのプランナ-が好んで使う手法で、見た目のお得感だけでなく、自分にはこれだけの裁量がある。だから、自分を信頼して任せてもらえれば、今後も悪いようにはしないという、いわば自分を大きく見せるテクニックでもある。


どこで学んだのか、誰から聞いたのか、駆け出しも駆け出しの静が、そんな彩から見れば小賢しい手法を取っていることを知った時、彩は彼女の教育担当として、恥ずかしくなった。


だがそんな静の姿勢を課長は


「さすが期待の新人。」


と評価し、歓迎した。新人静の評価が上がると、他の先輩プランナ-たちの姿勢も態度も変わる。こうして、強引な営業は慎むという彩の姿勢が、主流だったはずのベイサイドシティブライダル課の空気はあっという間に変化して行ったのだ。


その立役者である静はある意味大したものだと、彩も認めるしかなかったが


(いつか、大怪我をしなきゃいいんだけど・・・。)


静本人に対してはもちろん、今のブライダル課全体に、彩は不安を覚えていた。


この週末は担当の挙式がなく、打ち合わせと新規案内に専念することになった彩。土曜2件、日曜も1件の新規問い合わせカップルを接客したが、いずれも成約はもちろん、仮予約にも至らなかった。


正直に言えば、課長の方針や課の雰囲気はわかっているが、彩は自分のやり方を変えていない。それでも確かにすぐに成果は出なくても、蒔いた種がやがて芽を出すように、後日その接客が実を結んで成約に結びつく率は決して、落ちてはいないとはずだと、彩は思っている。
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