Far away ~いつまでも、君を・・・~

少しして我に返った彩は、電話を切って、近くのベンチに座り、慌てて携帯をネットニュ-スにつなぎ、そして経済ニュ-スにアクセスする。すると


『大手証券会社元社員、インサイダ-取引の疑いで逮捕。』


の記事を見つけて、愕然とする。


(インサイダ-取引・・・。)


経済に詳しいとは言えない彩でもこの言葉は知っている。簡単に言えば、一般にまだ知られていない情報を知り得る立場を利用して、株式の売買を行い、不当な利益を得ることで、完全な犯罪行為だ。


(斗真さんは・・・そんな不正に加担する人じゃない!)


彩はそう叫びたかった。いや斗真を知る人間なら、誰でもそう言うだろう。しかし、彼が逮捕されたのは事実、そのニュ-スには「本郷斗真容疑者」とハッキリ書かれていたのだ。「容疑者」という言葉と自分の知る、愛した斗真がどうしても結びつかない。思わず、大地に電話をすると


「こんなの、なんかの間違いに決まってるじゃない。そうでしょ!」


と彼に叫ぶように訴えるが


『俺も信じられんが・・・。』


大地も戸惑い気味に言葉を濁すしか出来ない。斗真の実家に連絡して見ても、思わぬ事態にパニックになってるだけだし、逆に斗真と自分が付き合っていることを知る何人かの知人から問い合わせが入り、その中には遥や町田もいたが、今の彩には、対応のしようがなく、のちに


「あんなに彩が取り乱してるの、見たことも聞いたこともなかったよ。」


と遥に同情されたが、それは致し方ないことだったろう。


容疑者は逮捕されてから3日間は、弁護士以外、家族であろうとも一切面会出来ない。状況はなにも伝わって来ず、不安な日々を過ごしていた彩に、更に追い打ちを掛けるような事態が起こった。


その日、休日で家に居た彩の部屋のインタ-フォンが鳴った。モニタ-を見ると、全く面識のない女性で、戸惑いながら返事をすると


「突然、申し訳ありません。松居署の者です。」


モニタ-越しに身分証明書を掲示しながら、その女性は答えた。松居署は斗真が逮捕拘束されている警察署だ。慌ててドアを開くと、静かに入って来た女性は、改めて身分証明書を彩に掲示すると


「お休みのところ、申し訳ございません。実は、突然で恐縮なのですが、廣瀬さんから事情をお聞きしたく伺いました。ご足労ですが、署までご同行願えませんか。」


慇懃に切り出された。


「わ、私ですか?」


突然の事態に動揺を露にした彩に


「はい。」


女性刑事は静かに頷いた。


「私に何か、容疑が掛かっているんですか?」


「いえ、参考人としてお話を伺いたいということです。いわゆる任意同行ですので、拒否も出来ます。ですが、出来ればご協力をいただけるとありがたいのですが。」


警戒心を露にする彩に、刑事の物腰は、あくまで柔らかだった。
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